2020年4月26日日曜日

山菜の力

伊豆の家は山の中にあるので、
近くでいろいろな山菜が採れます♪

この時期は、
筍(たけのこ)、蕗(ふき)、蕨(わらび)、芹(せり)、蓬(よもぎ)、こごみ
などが採れます
庭には、明日葉が自生しています
近くには、クレソンが自生しています

昨日の昼食は、芹蕎麦

夕食は、

明日葉、蓬、こごみ、ネギ坊主の天ぷら


蕗の煮物


筍ご飯と筍のお吸い物でした♪

採りたての山菜をたっぷりいただいたら、
身体が軽い!

エネルギーが軽いんです!

緊急事態宣言で、このところずっと世間のエネルギーを受けて妙に重苦しく、
だるかったのですが、
それがすっきりとしたのです♪

やっぱり、Wildのエネルギーはいいですね♪
軽い!

何か、
当たり前だけど本来の正しい方向に、
気もちも考えも身体も、
すっと自然になっていくような感じです

なんだか、
悩みがなくなる、って感じで、
すごくシンプルになる

大地にグラウンディングするからでしょうか

グラウンディングと言っても、
ずっしりという感じではなく、
風にそよぐ草の葉のように、
軽やかで明るい

普段から、無農薬無化学肥料の自家栽培野菜を食べているのですが、
野生の植物にはかないません

食べ物の影響って、
本当に大きいですね

普段どんなものを口にしているかで、
エネルギー的に規定されてしまっているのかもしれません


今回のウィルス騒動も、
地球の意思もあるのかな、などと思ってしまいます

ウィルスとも、地球の野生の植物、生き物とも、
共存できる範囲のシンプルな生き方を提示されているように思えてなりません

ウィルス騒動のおかげで、
2月半ばから伊豆にこもりっきりになったため、
ゆっくりと腰を落ち着かせて、
庭や畑や家の手入れに日々が過ぎ、
収入はないものの、
ようやくずっと念願だった暮らし方が実現しています♪

毎朝、花たちひとつひとつに目を配りながら水をやり、
苗作りに、種を蒔いた野菜や花たちの芽が出るのを毎日楽しみにし、
大工道具を振り回しながら、少しずつイメージが形になっていくのを楽しむ日々は、
本当に豊かで、
今、世界の多くの人がつらい思いをしているのに、
こんなに贅沢な暮らしをしていていいのだろうかと思うほどです

豊かさとは何か

今回のことで、
多くの人が自分にとっての本当の豊かさは何なのかを見出すのではないか、
と思います





2020年4月19日日曜日

「トータル・パス」霊的進化と人間性の成熟の「道」 第一章 霊的進化の「道」 目覚めの地図 人間存在とは 3つの柱

目覚めの地図

人間存在とは

多層的で多次元的な存在

 私たち人間存在というのは、多層的で多次元的な存在です。一般的な人の目で見える肉体から、目に見えない幾層ものエネルギー体で成り立っています。一言で肉体と言っても、エネルギー体が幾層もあるように、そこには骨格から筋肉、血液、そして骨髄液からホルモン、あるいは細胞、遺伝子、そしてそれらの物質を構成している原子、素粒子の層にいたるまで、多種多様な層を持っています。それはフラクタル構造であり、ミクロな粒子の世界からマクロな外的宇宙に至るまで、この顕現された世界に貫いている原理です。 
 ミクロからマクロまで、数限りない層に亘って存在しているのが人間という存在であり、通常、肉体と言っているのは、そのある部分を切り取って、便宜上肉体として認識しているだけの話です。この霊的進化の「道」では、肉体以下の層に触れることはせず、通常認識されているものとしての肉体として話を進め、主に肉体より高次のエネルギー体を探究していきますが、どこかで、このミクロの宇宙とつながっていくかも知れません。
 
 というのも、ミクロの宇宙を探究している現代の先端物理学である超ひも理論があります。それは、銀河や宇宙など非常に大きなものを理解するための一般相対性理論と、原子や素粒子という非常に小さなものを理解するための量子力学を統合したものですが、その中で、宇宙のある真理が理論上発見されているからです。
 
 一般相対性理論というのは、重力波という重力を表す理論であり、量子力学というのは、強い力の1つ目である原子の内部で陽子と中性子を結び付けている力、2つ目である光、電気、磁力を生み出す電磁気力、そして放射性崩壊を司る弱い力を表しています。原子の崩壊から星の誕生まで、宇宙の全ての現象は、これらの4つの力の相互作用によって生み出されています。物質の最小の単位が粒子ではなく、極めて小さな振動するエネルギーの糸であるとした時、初めて数学的矛盾を抱えることなく、それらを理解できるようになりました。それは、輪ゴムのように伸び縮みし、両端のある、振動している小さなひもです(輪ゴムのように閉じているひももあります。グラビトンという重力を司るひもです)。
 そして、超ひも理論は、10次元を必要とします。空間の3次元と時間の4次元、そこにさらに小さく畳み込まれた(より近く微細な領域に入っていくと現れて来る)6つの次元があり、その10次元で、振動する極小のひもが働いているというものです。数学的計算により、10次元まで微細なところに行った時初めて、数学的矛盾がなくなるのでしょう。
 さらに、その超ひも理論は進化し、M理論が生み出されました。そこでは、振動するひもだけではなく、膜のようなものが現れ、その膜に振動するひもの両端が結び付けられているというものです。この宇宙全体がその膜の上にあり、それははるかに大きい高次の空間の中にあると言います。膜は、11次元の世界で、それを内包する広大な空間は、さらに高次の次元です。今、物理学はここまで来ています。それは、今の段階では実験で証明することのできない領域であり、理論にとどまっていますが、霊的進化によって体験的に理解されることに極めて近づいていることがわかります。この量子力学は、ミクロの世界を理論的に数学的に探究して到達したものです。

 要するに、本当はどこを切り取って探究しても、それはある真理へと到達するということです。例えば、電子と陽電子のように、全ての粒子には必ず反粒子が存在し、それらが次々に生まれたり消えたりしながら移り変わっていくダイナミックな世界を創り出しています。それは明らかに二元の世界であり、無から有、有から無へと絶えず生成と消滅を繰り返している存在のあり方を表していると言えます。

 また、量子力学の中では、人間が観察して初めて量子が粒子性を持つか、波動性を持つかが決定されるというものがあります。つまり、量子が元々そこに存在しているから、人間がそれを認識するのではなく、人間が認識して初めてそこに存在する、ということです。言い換えれば、人間の意識なくして、物質はそこに存在しないということです。
 また、量子力学では、量子テレポーションというものが発見されています。ペアとなる2つの量子を遠く離れた場所に置き、片方の量子を観察した瞬間、遠く離れたもうひとつの粒子に影響を与えるということが実験で立証されています。光の速度を超える速さで、何かが伝達されている訳です。つまり、人間の意識が、量子を存在させ、また、遠方にいる量子に影響を与えるということです。ここから、この宇宙というものは、人間が認識しようがしまいが、元々ここに存在するのではなく、人間の意識によって瞬時に作られているということが導き出されます。

 これは、人間の意識が宇宙の創造主であるという、霊的進化によって得られる体験的理解と合致します。また、創造が11次元で起こり、さらにそれを超えた次元という広大なものの中に内包されている事も、合致します。この量子力学で言う広大な空間が、霊的進化における「神性」の次元です。ただ、それは単なるひとつの次元という意味合いではなく、全ての次元を内包する、途方もなく広大で無限のとてつもないエネルギーの何かです。それは、人間の意識を超えているため、人間に認識することはできません。
 さらに、M理論と霊的進化の合致する点は、まさにその「振動」と「膜」にあります。創造が起こる時、つまり、「無」からある「振動」が起こり、あるラインを超えて物質として「顕現」する時、まず、ばーっと「フィールド」ができ、そこに次々に顕現していくのを体験します。人によっては、その「フィールド」を「スクリーン」、まさに「膜」として体験するのです。

 創造を生み出す力は何なのか?原子と原子を結び付けて物質を創り出している力は何なのか?
 創造が起きる原初の原因、もしくは力は、人間の意識であり、そして物質として形をそこに顕す力は、愛のエネルギーなのです。意識は父なる神であり、創造主であり、「在れ」と発令するものです。愛は母なる神であり、量子と量子をひきつけ合い、結び付け、形成すものです。ただし、意識といっても、創造主である意識の次元は、通常私たちが認識している意識の次元とは全く異なります。といって、全く別のものでもありません。通常感じている意識のコアである純粋意識のさらに奥深くへ入っていった時、創造主である次元へと辿り着きます。

 人間という存在は、その最小の振動するひもである層から、その創造を内包する最大の「神性」の層に亘り、広く存在するものです。それを全て体験的に理解していくことが、霊的進化です。一般的な意味合いで私たちが存在しているのは、この物質化の次元である地上という3次元、もしくは、時間を入れた4次元の世界です。そこから、11次元を超えたさらに先まで拡大していくことが、霊的進化です。



 


2020年4月17日金曜日

My Little Sacred Garden ~リトリートのための春の花たち~





緊急事態宣言により、GWのリトリートも中止にいたしました

その代り、Online Retreatを開催すべく、
現在、詳細を検討中です

決まり次第、お知らせをアップしますので、
ぜひ、ご参加ください






さて、
リトリートに向けて、
私の小さな聖なる庭(My Little sacred Garden)やベランダに、
たくさんの花たちを植えていました

リトリートの場のエネルギーはとても重要です
ハートを開くためにも、
花の持つエネルギー、そのバイブレーションは非常に役立つので、
毎年、リトリートの際には皆さんが花とともに過ごす時間を持てるよう、心がけています

今年は、GWリトリートが中止になったため、
動画で今の花たちの姿をお伝えしたいと思い、
YouTubeにアップしました

どうぞ、お楽しみください♪


2020年4月13日月曜日

「トータル・パス」 霊的進化と人間性の成熟の「道」 第一章 はじめに

はじめに

霊的進化とは、
人がその存在の本質に向かって進化していくことです。

人間という存在は多層的で多次元的であり、
進化とは、そのより深い層、高い次元へと到達し、
それを体験し、「知り」、それを体現することです。

そして、
最終的に、
全ての原初の原因である「神性」の中へと拡大し、溶け去っていくことです。

それが、
本来の家に還るということです。


この地上の平均的な人が「自分」であると認識しているのは、
その表層であり、物質的次元により近い次元での存在です。

それがいわゆる肉体を持ったパーソナリティとしての存在であり、
「私は〇〇という名前である」
「私は日本人である」
「私は女性である」
「私はそそっかしい」
「私は教師である」
「私は中肉中背で丸い顔立ちをしている」
「私が一番大切に思っているのは家族」
などなど、
特定の名前や姿かたちや性格を持ち、
何を所有していて何を所有していないか、
何ができて何ができないか、
こういう指向、嗜好、性格、価値観、思想を持ち、
これこれこういう人生のストーリーを歩んできた、
などなど、あらゆる飾りや内容物と結びつけられた、
自己イメージとしての自分です。

そして、
そういう自分のどこが好きでどこが嫌だとか、
そういう人生のストーリーのここが問題だとか、
あくまでも、
その表層に表れ、表層で起きていることにだけ、
意識が向き、関心を持ち、
そこだけで生きています。

要するに、
この肉体とその自己イメージが自分だと思っています。

簡単に言えば、「これが自分だ」と思うことを、
「自己同一」と言います。

「自分」という自意識を、
肉体や自己イメージと強く結びつけているのです。

それを、肉体や自己イメージとの自己同一と言います。

そして、
自分の中に沸き起こる思考や感情に対しても、
「自分はこう思っている」「自分はこう感じている」と、
自己同一しています。

思考や感情に完全に糊付けされて、
それらが自分だと思っています。


霊的進化とは、
その表層の自分との自己同一から離れ、
もっと奥にある、その本質、そのコアへと近づき、
それそのものになっていくことです。

そのコアである存在は、
「神性」と常に一体である、
「愛」そのものであり、
精妙で、
霊的な「光」の存在です。

この教えにおいて、
それを「魂」と呼ぶこともあります。

この「魂」の実現が、
霊的進化の2つの柱のうちの一つであり、
「愛」の実現であり、
「創造主」としての意識の実現です。

もう一つは、
その「魂」を通り、
その「魂」を明け渡すことで、
全ての原初の原因である無限で不可知の神性の中に溶け去っていくことです。

それは、
「神性」の実現です。

それは、
体験を超えた体験です。
というのも、
何を体験しているのか、あまりにも膨大すぎて「知ること」ができないからです。

「魂」の完全なる実現と、「神性」の実現は、
同時に起こりますが、
この2つは明らかに違うものです。

過去の教えから現存する教えの中で、
この2つを明確に認識している教えはあまり見当たりません。

もしかすると、
原始キリスト教ではあったかもしれませんが、
今は失われてしまっています。

仏教においては、
もしかすると「仏性」と「仏」として認識しているのかもしれません。

それは例えて言えば、
「ひとつの波」と「大海」のようなものです。

それらは切り離されていず、
同じものでできていますが、
「ひとつの波」は「大海」すべてを現わしている訳ではなく、
単に、一瞬沸き起こった「大海」の一部分でしかありません。

「魂」は、
「神性」と切り離されてはいませんが、
それを映し出すひとつのプリズムのようなものです。

ひとつの角度、と言ってもいいでしょう。

いかなる「魂」であろうと、
無限の「神性」の全てを現わすことはできません。

この地上に様々な教えがあり、
悟りを開いた人でも、
その教えや表現に様々な違いがあるのは、
映し出している角度が違うからなのです。

「神性」の全体を体験することができても、
それを全て「知る」ことはできませんし、
「魂」はある角度でしか、
「神性」を映し出すことができません。

ですが、
「魂」を通して、
「神性」のエッセンスが映し出されることは確かなことです。

それを理解できれば、
世界中に起きている宗教戦争も、
教えの違いによる抗争も起きないでしょう。


この教えは、
まず、「魂」を目覚めさせることから始めます。

よく、
「人はすでに悟っている」、
だから、「そのままでオッケーだ」という教えがあります。

あるいは、
輝く太陽を雲が隠しているだけだ、
だから、その雲を取り除けばいいだけだ、という教えがあります。

それは、真理の立ち位置からすれば真理ですが、
人間の立ち位置からすると、
事実ではありません。

なぜなら、
「魂」は眠りこけているからです。
太陽は、まだ東の空に上がってきていないのです。

なので、たとえ雲を取り除いても、
そこに太陽はまだありません。

たとえ心身を浄化し、
潜在意識をクリアにしたとしても、
それだけでは、
本当の意味で「魂」が現れることは、残念ながらないのです。

なんとなく、
それらしく感じることがあるかもしれませんが、
とても曖昧なものになってしまうと思います。

また、
「そのままでオッケー」と言って何のワークもせずにいれば、
今無意識である状態から何も変わることなく、
ただ無意識でい続けるだけです。

その教えの本当の意味は、
真に「私であるもの」に瞬時に悟るということです。

「私であるもの」は、ただ眠りこけているだけで、
存在していない訳ではないからです。

「魂」を目覚めさせるためには、
ダイレクトにそれにアプローチして、
エネルギー的に活性化させる必要があります。

同時に、
パーソナリティを浄化していく作業が必要になります。

太陽を昇らせ、
雲を取り払う。

その両方が必要です。


その例えによく使うのが、
シンデレラのかぼちゃの馬車です。

ちょっとオリジナルのお伽噺と違うのは、
ねずみが魔法をかけられて馬になるのではなく、
馬が魔法をかけられてねずみになってしまっている、ということです。

そして、
魔法をかけられて豪華絢爛な馬車になったかぼちゃが、パーソナリティです。

目覚めていない人の状態は、
ちっぽけなねずみが、
重たい豪華絢爛な馬車を引っ張ろうとしている状態だと言えます。

ちょっと想像してみてください。

重たい馬車はねずみの力ではコントロールできず、
どこにも行くことができません。

にもかかわらず、
人は馬車を飾り立てることにしか関心がありません。
黄金で作ろうか、
ダイヤモンドを飾ろうか・・・と、
どれだけ馬車を立派にできるかで、
人は競い合っています。
それは、物質的な所有だけではなく、
名誉や成功や人気、評価だったりします。

どんどん、どんどん、馬車は大きく重たくなり、
ねずみは押しつぶされて、ますます自由を失っていきます。

しまいには、
馬車が勝手に暴走を始め、
哀れなねずみは引きずり回されてしまうでしょう。

ねずみがちゃんと馬車を引っ張り、
行きたいところに行くためにはどうすればいいでしょう?

そう、ねずみにかけた魔法を解いて、
元々の姿に戻さなくてはなりません。

魔法を解かれて、立派な馬に戻った時、
馬は馬車を引っ張って、好きなところへ行けるでしょう。

でも、重たい馬車に馬はすぐに疲れて、
度々立ち止まってしまいます。
「もう、こんな重たい馬車なんか、捨ててしまいたい!」
「この馬車さえなければ」
そう、馬は思う事でしょう。

なので、馬車にかけた魔法も解いて、
元のかぼちゃに戻す必要があります。

そうすれば、
馬は自在に自由に、
かぼちゃを引っ張って駆けまわることができるでしょう。

でも、実はまだ先があります。

馬はまだ本当の姿を現してはいません。
時として、
かぼちゃすらお荷物に感じることでしょう。

もっと自由になりたい!

馬がその封印を解き、
本当の姿を現した時、
それはペガサスになるのです。

翼の生えたペガサスこそ、
完全な「魂」の現れです。

ペガサスは、
もはやかぼちゃからも自由になり、
空へと駆け上っていくことができるのです。


まさにこのお伽噺と同じプロセスを、
「魂」へと向かうワークの中で辿っていくことになります。

表層のパーソナリティとの自己同一という魔法を解き、
真の自分自身を目覚めさせ、
そこにシフトします。

一方で、
余計なもので膨らみに膨み、歪みに歪んだパーソナリティを浄化し、
シンプルにし、素のパーソナリティを取り戻していきます。

ただ、ここで気をつけなければいけないことは、
それはパーソナリティを操作するという意味では全くないという事です。

よく、悟った人は穏やかだから、穏やかでいようとする人や教えがあります。
穏やかなのは、単なる結果であり、
人によっては、もっとアグレッシブになる可能性だってあります。
そのため、逆に常識に当てはまらないマスターをまねて、
「いかに変であるか」を演じようとする人さえいます。

悟った結果を真似し、パーソナリティを操作することは大変危険で、
むしろ悟りから遠ざける効果しかありません。

パーソナリティの浄化と、パーソナリティの操作とは全く違う事であることを、
よく理解することが必要です。


この、ダイレクトに真の自分を目覚めさせることと、
パーソナリティの浄化は、
両輪の輪で、
どちらも欠かすことのできないワークです。

肉体を持って生きる以上、
ここで生きるための機能としてのパーソナリティを完全に無くすことはできません。

パーソナリティはそもそも悪いものではなく、
問題は、それが必要以上に飾り立てられて、
重く膨らみあがっていて、そして、
それと自己同一化している、ということなのです

パーソナリティが問題なのではなく、
真の「あなた」がまだいない、ということが問題なのです。

いるのかいないのかわからないようなちっぽけなねずみをペガサスに、
豪華絢爛な馬車をかぼちゃに・・・


完全な「魂」が実現した時、
パーソナリティも人生のストーリーも、
「魂」とは「全く関係していない」ことがわかります。

それらが、
ただ、そのはるか遠く、離れたところで流れている映像に過ぎないことがわかります。

実際に、大きな距離があります。

なぜなら、
全く次元が違うからです。

全く触れることができないほど、
それらはかけ離れています。

「魂」は、
何の障りもなく、
ただ、ただ、
制限のない「愛」の放射です。

つきることのない「歓喜」の放射です。

その放射に対象はなく、
同時に全てが対象です。

それが、
あなたであるものの、
真の姿です。

そしてまた、
あなたは全ての人の意識がひとつであること、
そのひとつの意識こそがこの世界を創造しているのだということを知ります。

あなたは、
「愛」であり、
「創造主」でもあるのです。

あなたは、
「創造の神」であり、同時に「人間」です。

その統合のプロセスの中で、
人間性の成熟が進んでいきます。

それらの懸け橋をしているのが、
「自我」「エゴ」の役割なのですが、
それについては、もっと長い説明が必要なので、
それぞれの本文の中で詳しく触れていきます。

この、「創造主」は「神性」そのものではありません。

「創造主」という意識の次元で、
この顕現された世界が創造されますが、
「神性」はそれを包含しながら、
それに一切関わらず、
完全に超越している次元、
次元という表現ですら当てはまらない不可知の領域です。

そこでは、何も起こっていません。

よく、「神の夢見」「神のリーラ」と例えられるように、
「創造の神」の次元で、創造はホログラムのように、
瞬時に多層的に、
その神意識のひとつの発令とも言える、
あるいは意識のひとつのゆらぎともいえる、
ある言葉、つまりあるバイブレーションの発動によって、
起こされています。

原初の意思と表現することもできるでしょう。


その「創造主」の次元を超えて、
全ての源へと帰還し、「無」の虚空へと消え去る。

それは、
量子力学で言う「対生成」「対消滅」であり、
真空の中で絶えず粒子と反粒子が発生し、
即座に合体して消滅する、
つまり、
瞬時に無(エネルギーの海のようなもの)から二元、あるいは対極の有が生じ、
瞬時に合体して無へと帰するということです。

その瞬時の意識のまどろみ、
それを私たちは人間の生として体験しているのです。

そして、
「神性」へと、その「無」へと回帰する時、
実はそれこそがとてつもない悦びの爆発なのです。

その爆発こそが、
ビックバンであり、
原初の意思の発令なのではないか。

そうして、
ビックバンと回帰が瞬時に繰り返され、
絶え間なく創造が起こっているのではないか。

それを知る時こそ、
人間としての「神性」の中への最大の拡大に至る時なのでしょう。


では、次回から、
霊的進化のプロセス、
「目覚めの地図」について書いていきます。








2020年4月9日木曜日

「トータル・パス」 霊的進化と人間性の成熟の「道」序章

「トータル・パス」

この教えは、
真の自分自身に目覚め、
この二元の世界を超えて、
魂の全体に出逢い、
愛を実現し、
その魂を通して、
神性と一体になる霊的進化の「道」です

この宇宙の創造主としての真のあなた自身に目覚める「道」です

この次元から解脱し、
輪廻転生から解脱し、
全ての原初の原因である無限の神性に溶け去っていく「道」です

それらをトータルに実現した時、
私たちは肉体を持った人間として到達できる最大の神性への拡大へと達します

それは、
内的宇宙への旅です

私たちの内側に無限に拡がる内的宇宙、
神聖で真正なる無限の神性の中への、
拡大の旅です

また、
それは自己探求の旅です

「私」という存在の奥深くへと、
その存在の真のコアへと、
その存在の真の姿へと、
次元を上昇して出逢っていく旅です

同時に、
私たち人間は、
人間としての生を成熟させ、
完結させていきます

どんなに霊的進化を遂げても、
人間性が未熟であれば、
それは偏った成長に過ぎません

よく、スピリチュアルなシーンで見かけるのは、
単純な「わくわく」や、
好きなことをやる、
自分を好きになる、などですが、
それらももちろん大切ですが、
まだちょっと幼い段階と言えます

よく「ハートの声を聞く」と言いますが、
幼い段階では、
本当のハートの声と、ハートで起こる感情の声とを聴き分けることができず、
ころころと変わる感情の声に従ってしまいます

そういった事に関しては、
本文の中で詳しく書いていきますが、
このように人間性がまだ未熟な場合、
霊的探究も、浅いものになってしまいかねないか、
あるいは、
霊的進化だけが進んで、
逆にスピリチュアル・スーパー・エゴを作り出し、
優越感を持ったり、傲慢になったりしてしまい、
それがかえって最後の大きな障壁になってしまいます

一方で、
人間としてどんなに成熟しても、
霊的探究に意識的でなければ、
それもまた偏った成長に過ぎません

霊的進化という土台がなければ、
人間として本当に成熟することはありませんが、
もし、
霊的進化に無意識、もしくは無関心であれば、
実相であるこの次元に捉えられ続けたまま、
無限なる広大な虚空へと旅立つことはできません

霊的進化を遂げ、
人間として成熟した時、
私たちは真にこの次元から解脱します

それは、
熟れた果実が自然に枝から離れ、
ぽとんと地に落ちるようなものです

人間性の成熟とは、
完全な人間になるという意味では全くありませんが、
子どもの無垢さ、純粋さと、
老賢人のような深い智慧とを併せ持つような、
シンプルでありながら洞察に満ち、
魂からの発露がその人の内側からにじみ出ているような、
そんな印象を受ける事ができるものでしょう

私たちは、
自分自身の内側で起こることを、
誠実に正直に常に見つめていきます

霊的進化と人間性の成熟と完結、
そのどちらもないがしろにはできず、
私たちはその両面から働きかけていきます

それは、
両輪の輪なのです

だからこそ、
この教えはトータルなのです

この教えは、
明確な地図と、
そこを歩んでいくための誰にでも実践可能な具体的な方法と、
ダイレクトなアプローチ、
そして、
この「道」を歩んできたからこそわかる、
様々な落とし穴についての理解も持っています

この教えは、
今生で輪廻転生を終えたい人のためにあります

この次元を本当に超えたい人のためにあります

自らを、
神性に投げ出す段階にある人のためにあります

そのため、
自分自身での、
たゆまぬ日々の実践と、
自己洞察と、
教えを受け取る素直さ(スペース)が要求されます

というのも、
教えのある段階に到達すると、
自分自身の自我に直接向き合わなければならなくなるからです

非常に明確ではありますが、
簡単で楽な道だとは決して言えないでしょう

ふわふわキラキラしたスピリチュアルなイメージを好む方や、
「引き寄せの法則」など、この次元での何らかの利益や成功、幸福を求めている方や、
教師やマスターのパワフルな、あるいは愛に満ちたエネルギーや、
カリスマ性やサイキックなパワーを求めている方や、
霊能者のように自分の未来を占って示してくれることを望んでいる方や、
あるいは、スピリチュアルな先生に自分を認めてもらうことを求めている方や、
楽して、ショートカットで悟りたいと思っている方や、
自分自身を「悟り」という最高の栄誉で飾りたい方などには、
あまり向いていない教えだと思います

けれど、
何も特別な存在ではない、
ただの一般市民の私たちが、
社会生活を営みながら、
この「道」によって到達できた事こそが、
この教えの正当性を証していると思います

この教えは、
私たちが誰かから教わったものをそのまま踏襲しているものでもありません

もちろんベースとして、
私たちが修行時代に受け取って来たもの、
そのエッセンスは変わらずにありますが、
ガイダンスという、
宇宙の叡智から直接に開示されてきたものでもあります

そのため、
教え自体が進化していきます

この教えは、「宗教」でもありません
私たちを信頼する必要はありますが、
「信仰」する必要も、崇め奉る必要もありません

私たちは対等だからです

私たちはいかなる組織も作りません
組織は、
それそのものの本質がヒエラルキーだからです


でも、
教えに対してオープンでいること、
聞く耳を持つこと、
素直でいること、
愚直に自分で日々実践することは必須です

もし、あなたの中が自分の意見や他の教師たちの教えでいっぱいだったら、
この教えが入る余地がないからです

といっても、
霊的進化に対する知的な理解は非常に重要です

たくさんの先達の本や教えについて話されたものを読み聞きし、
基本的なことを理解したり、
知性を磨いていくことは重要な要素です

でも、
それ以上に重要な事は、
「体験」です

私たちは、知識だけをシェアしようとしているのではありません

あなたにもたらそうとしているのは、
まさに「体験」です

あなたの、「内的体験」です

あなたがあなたに向かい、
あなたを直接に「体験」すること
あなたを通して、神性を「体験」すること

「悟り」とは、
あなたの知的理解と体験的理解が合致、統合することです

あなたという「存在」の本質を、
体験的に「知る」ことです

では、
次回から、具体的にその教えの内容について、
順次書いていこうと思います


















2020年4月4日土曜日

これから

先月28日、
「全てのエネルギーが変わった」
と感じました

エネルギー的には、
明るい清らかな方向へとチェンジしています

精妙なところで、
全て生まれ変わったような感じです

すっきり、軽いです




それでも、
この実相の世界でその変化が起こるには、
タイムラグがあります

ちょうどその頃の先週末、
東京で新型コロナウィルスの感染拡大防止のために、
外出自粛の要請が出されました

その前の学校の臨時休校から、
日本でもようやく新型コロナへの認識が高まってきましたが、
この、外出自粛の要請によって、
かなり急速に進み、
そして、志村けんさんの訃報と、
その遺族による「遺体に会うこともできない」など、
具体的な状況がメディアで流されたことによって、
一気に国民の意識が変わりました

(志村けんさんはじめ、亡くなられた方々のご冥福をお祈りしています)

東京では、
外出自粛の期間に大雪になって足止めされるなど、
日本の神々が守るためにがんばってくださっていると思いました

翌日の大気は清々しく、相当に浄化されたのだと思います
(その後も雨が続き、空気は本当にきれいになっています)

でも、エネルギー的には軽くなっているのに、
何か身体が重くだるく、
変な感じでした

志村けんさんが亡くなった後、
さらにそれがひどくなっていきました

そして、
この感じは以前にも経験したことがあるのを思い出しました

2011年、3月11日から数日間です

あの時も、
全く変な感じで、
身体もマインドも全く働かず、
何もできない状態で数日が過ぎました

あの大津波の際は、
私自身も予想していなかった大惨事が目の前で(モニターを通してですが)繰り広げられたため、
私自身がショック状態に陥っていたということもありましたので、
もっとインパクトの大きなものでしたが、
今回感じたものは、
それと同じような質を持っていました

最初は、妙にだるいのはコロナの症状か?ついに?とも思いましたが、
3.11の時の感覚と似ていたので、
世間の人々のエネルギー状態と関連があるのだろうと思いました

私は「逆エンパス」なので、
今回は予想していたにも関わらず、
私自身は伊豆で籠っているにも関わらず、
どうしても他の人たちの集合的なエネルギーをキャッチして、
身体は影響を受けてしまいます

今回の新型コロナに関しては、
最初から大きな危機感を感じ、
どうなっていくのか予測もできていたため、
少しでも回避をと思っていましたが、
残念ながら、事態はその予測通りになっていっています

これから起こっていく世界の大変動の、
幕が切って落とされた、とでも言いましょうか・・・

コロナや食糧問題、経済だけではなく、
政治的な事に加え、
地球規模、宇宙規模の変動も起きてくる可能性は非常に高いです

実際には、
一昨年辺りまでが「序章」で、
去年から「第一章」に入った感じです
今年、来年辺りで、
かなりのスピードで展開していくことでしょう

でも、クライマックスはもうちょっと先だと思います

これは、恐怖や不安を煽ったり、脅したりするためではなく、
むしろ逆に、
何が起きても慌てないよう、
心構えし、備えておいて欲しいからです

心理的物理的に準備万端でいれば、
事は好転し、
被害も少なく、場合によっては完全に回避できるからです

「そうならない」という意志やイメージを持つことも、
ポジティブな変化をもたらすでしょう

何より、
その大きな変動の中で、
常に自分自身を保ち、
神性とつながっていて欲しいからです

のほほんと何も知ろうとせずに、
自分自身の潜在意識へのワークもせずに、
日常の目先の事だけにかまけていることが、
一番危ういのです


今、
新型コロナの感染、症状自体もありますが、
それだけではない、命に関わる経済の危機が大きく懸念されています

私個人も、
1月終わりから、
いくつかの個人セッションや個人リトリート以外の仕事を全て休んでいるため、
ほとんど収入がない状態が2か月以上続いています

でも、
こうなる前から、
4月からは瞑想とヒーリング、石屋さんの方に専念していこうと思っていたので、
コロナの影響によって伊豆の自宅に籠らざるを得ないのは、
とても好都合となりました

この3年間、忙しさのあまり、
全く手の入れられなかった庭や花の手入れや、
畑の手入れ、家のリノベーションに時間をかけることができ、
今日も一日花の手入れで、
ものすごく幸せな時間を過ごすことができました

特にうれしかったのは、
3年間ほぼ放置で瀕死状態だったバラ達の世話がようやくできたことでした♪






私個人にとっては、
「もう余計な仕事はしなくていいよ」と、
ようやく宇宙からもお許しをもらえたようで、
毎日せっせとやりたいことにかまけています

もう一つ面白いのが、
今回、都市封鎖やこれからの食糧難に備えて、
お米を中心にかなりの備蓄をしたのですが、
(自分たちだけではなく、いざという時に他者も助けられるように・・・マスクも、早めに買ってあったので、無くなって困っている人にあげることができました)
収入がないにも関わらず、
かなりの出費になってしまいました(;´Д`)

でも、その金額の大半が、
臨時にある人からの返済が入り、まかなえたのです

で、私の持ち出し負担額が、結局8,000円ということになったのですが、
やはり返済というか、
まだいただいていなかったセッションのお金とスカイプセッションのお金、
ちょうど8,000円が昨日振り込まれました(*‘∀‘)

ということで、
結局、備蓄分、滞りなく、まかなうことができました

いつも、こうやって必要なお金は入って来るのですが、
いつもぴったりなのが面白いところです

もうちょっと余分があっても私は構わないんだけどなー、って思うんですけどね(*´ω`*)

また、今までどうしても抵抗があってできなかったスカイプセッションでしたが、
(意外とシャイなんで、電話とかスカイプとか苦手なんです(^_^;)
対面は逆に何の抵抗もないんですけど)
今回のコロナで都内に行くことができなかったため、
どうしてもスカイプでやるしかなく、
やってみたら意外と大丈夫で、
エネルギー的にも対面とほぼ変わらずにできたので、
これからはスカイプセッションもやっていこうと思いました♪

これから、世界の状況は、とても深刻な状態を通過していくと思いますが、
一方で、
今までのシステムややり方が否応なく使えなくなり、
誰しもがシンプルな生き方や、
本当に必要な事、
本当にやるべきことに向かわされていくのではと思います

さて、
ということで、今まで伸ばし延ばしになっていた、
「トータル・パス」の教えの内容をブログにアップしていくという事に、
そろそろ着手していこうと思っています

(ようやく!(/_;)






















2020年3月13日金曜日

2月10日投稿 「新型コロナウィルス」の記事について反省とお詫び

昨日、WHOも「パンデミック」と表明した新型コロナウィルスの猛威、
危惧したように、
全世界に拡がってしまっています

亡くなられた方のご冥福、
そのご遺族の方々の心が癒されること、
重傷で苦しんでいる方々を始め、
感染してしまった方々が治癒されるよう、
祈りを捧げています

今日は、
2月10日に投稿した「新型コロナウィルス」の記事に関して、
H氏より下記のご指摘をいただきましたので、
それに関して書きたいと思います

H氏の在日中国人に関するご指摘はとても素晴らしく、
私の心に響いたので、
ご本人の許可を得て、
ここに全文を転載させていただきました

そして、
ご指摘の「在日中国人の方へのレイシズムを煽ってしまう」という件について
私の配慮がなかったことに対して、
反省とお詫びをお伝えしたいと思います

***

「突然のメール、失礼いたします。Hと申します。
荻原様に直接お会いした事はありませんが、アジズの著作の翻訳をしておられる事から荻原様を知り、たまにですがブログも読ませていただいております。またアナディ来日(は残念ながら叶わなかったですが)の際にはリトリートの申し込みもさせていただきました。
私自身はまだまだ不勉強で、アナディの著作も荻原様の記事もまだまだ分からないことだらけですがとてもいい刺激を受けており、特にアジズの著作の翻訳の仕事についてはとても感謝しております
難解な内容でありながら、行間からアジズの人柄が伝わってくるとてもすぐれた翻訳だと思っています。

さて、前置きが長くなりましたが、2020年2月10日月曜日に投稿された 
 新型コロナウィルス というタイトルの記事についてです。単刀直入に言います。この記事は撤回もしくは修正してほしいです。
理由は

1現時点でコロナウイルスが人工的に作られたという事実は科学的に確定していないという事。
2このような内容の記事は確実に中国人の方、在日中国人の方へのレイシズムを煽ってしまうという事です。

私自身はコロナウイルスが自然のものなのか、人工的なものなのかの判断はできません。私には科学的な素養が無いからです。ですが、現時点で我々ができる事はウイルスに感染しないための予防や、それを拡散しない行動、そして社会的パニックを起こさない事ではないでしょうか。
社会的パニックはいつも真偽不確かな情報からもたらされます。そしてそのパニックの犠牲者になるのは常に社会的マイノリティーや社会的弱者、女性や子供、老人です。
日本にはすでに多くの在日中国人の方が暮らしています。彼らは我々の社会の仲間です。
日本に住む彼らがコロナウイルス生物兵器説を目にした時、彼らはどんな気持ちになりますか?それは不快さではなく、恐怖です。
そしてこのような言説は必ずレイシストらに悪用され、彼らは精神的肉体的に攻撃を受ける事になります。現に本日東京でレイシスト集団がそのような差別デモを行い、その様な文言も飛び交ったようです。(あまりに不快なので直接その動画を見たわけではありませんが)

もちろん、荻原様がそのような意図であの記事を書かれたとは私も思っていません。そして荻原様がコロナウイルスを生物兵器だと直感するのも良いと思います。ですが、今このタイミングでこの記事を出される影響というものを考えてほしいのです。この記事は荻原様にその意図が無くても確実に傷つくマイノリティ集団がいる記事です。そして残念な事ですが、世の中にはこの記事を曲解し、中国の方への憎悪や差別感情を募らせそれを正当化させる人間も存在するのです
正直私はあの記事を読んで凍り付きました。本当ににショックでした。
コロナウイルスが自然のものなのか、生物兵器なのかを検討し批判するのはパンデミックが収束してからでも遅くないはずですし、それは大いにすればいいと思います。ですが、少なくともそれは今やるべきでは無いと私は思います。

荻原様にこのメールを書こうかどうかとても迷いました。日本には表現の自由があり、そして私自身も誰かが表現した事に対してそれをやめさせるような事はしたくない、とてもしたくないからです。
ですが今回の記事は現時点であまりにも配慮に欠けたものだと思います。
ですので、今のところ真偽が確定してない情報でもってエスニックマイノリティへの憎悪を煽る効果のある記事を発表するのは止めてほしいです。それが不可能であればこの記事を読んだ人が中国の方への憎悪を煽らないように一言添えてほしいです。

長々と纏まらない文章を書いてしまい申し訳ありません。わたしの思いを強制するつもりはありません。
ですが、あの記事を読んでそのような思いをする者もいるのだという事が少しでも伝われば幸いです。

H

***

件の記事を書いた時、
在日中国人の方の存在は全く私の中になかったので、
そこまで考えが及びませんでした

私の言いたかった事は、
むしろ今回は中国が被害を受けた側であるかもしれないということと、
一地域から発生した単なる感染症拡大という問題ではなく、
その奥で何らかの世界的な意図が働いているということに、
だからこそ危険なんだという事に気づいてもらい、
とにかく感染しないように、
しっかりとした認識を持ってもらいたいという事でした

あの時点で、日本国内の大半は、
のんびりとして甘い認識しか持っていなかったからです
周りの人たちも、予防どころか、
世界での感染拡大の危機感を持つ人たちに対して、
「考え過ぎよー、あんた、頭おかしいんじゃない?」という、
全くの変人扱いでした

危機感がはっきりとあるのに、
何も伝えずに傍観していていいのだろうか?
後で言うのは簡単です
こうやってまだはっきりしない中で言えば、
H氏のおっしゃる通り、混乱を招いたり、
変人扱い程度ならいいですが、
攻撃されることもあるでしょうし、
もしかしたら、単なる私の妄想かもしれない
どっちがいいのか、
実はこれでも10日以上書くのを躊躇していました
でも、やっぱりこれ以上は放置しておかない方がいいと判断し、書いた次第です

できるだけ早い段階で、皆を感染から守りたかったのです

それが一番の理由でした

新型コロナウィルスが生物兵器であるかどうか、どころか、
今、私たちにははっきりと見えないところで世界で起こっていることは
それこそ今の段階ではまだ誰しもにわかるエビデンスが取れる話ではないですし、
はっきりと書くこともできなかったのですが、
それがかえって様々な解釈をさせてしまう危険性をはらんでいるという事でもありますね

感染への危機感が先だって、
その他のことが見えずにいました
「レイシスト集団」なるものの存在も、
H氏のご指摘で初めて知りました
勉強不足でご迷惑をかけてしまいましたこと、
反省し、ここにお詫びいたします

今回のブログでは、中国を批判的に見る「人種主義」を助長したいという意図は全く、
ましてやヘイトデモを行うような「レイシスト集団」に加担するなどとんでもないことなので、
勇気を持たれてH氏がご指摘くださった事に感謝しています

「レイシスト集団」や他の悪意ある何かに利用されないよう、
意図をしっかり掲げておき、
また、今後はちゃんと配慮できるように気をつけていきたいと思います

中国人であろうと、どんな国籍であろうと、
同じ人間です

今回の件で、2019年4月の時点で、
在日中国人が96万人であることも調べてわかりました

その方々が、中国人であるという理由だけで、
個人的に迫害されたり攻撃されたりいじめられたりすることは、
本当に理不尽な事ですし、
決してあってはならないことだと思います

記事を削除したり訂正したりせずに、
こうやってH氏のメールをそのまま転載させていただいたのは、
まず、
自分の言葉には最後まで責任を持ちたいということ、
そして、
全て起こったことはありのままにオープンにし、
そういったオープンな場で、
皆さんと一緒に考え、
成長していきたいと思っているからです

件の記事でもちょっと触れ、
先ほどもちょっと触れた中国や世界情勢については、
他にもいろいろお伝えしていきたいことがあります
もうそんなに時間が残されていないので、
特に私のブログを読むようなスピリチュアルな方々には、
早急に関心を持って一緒に考えていっていただきたいことがあります

ですが、まだちょびっと時期尚早な感覚であることと、
まだ情報が不足していること、整理されていないこと、
そして、
この「瞑想」のブログでは場が違うように思うため、
その時期が来たら、
別のブログを立ち上げて、
記載していきたいと思っています

ただ、ひとつ、
今回の新型コロナもそうですが、
真偽がわからない時や、
いろいろな情報が飛び交う中で不安になったりとまどう時は、
まず、自分自身で「何が本当か、知ろう」と思うことが大切だと思います

今は、ググれば、いろいろな情報に触れることができます

世界各国の論文を読むこともできます
PCには翻訳機能もあるので、
外国語でも、ある程度はわかるでしょう

また、いつもアンテナを張っていれば、
必要な情報は人を介したりして、向こうからやってきます

そして、
自分の内側の感覚を研ぎ澄まして、直観を磨き、
今までの全ての経験を通して得て来たものを総動員して、
何が事実なのかを、
嗅ぎ分けてください

それには、必ずしも専門的な知識が絶対的に必要な訳ではありません

要は、あらゆることへの洞察力です

情報隠蔽、情報操作しているのは、
中国だけではありません

その例を、ここでは長くなってしまうので、次の記事で書きたいと思います

その上で、
何が自分にできるか自分で考え、
実行していくことが大切だと思います

これからの時代は、
特にそれが重要になってくると思います

新型コロナ、
日本は正確な感染者数(と、それによる死者数)がわからない状態が続いていますが、
それでも、
かなり守られているように感じます

日本の清潔な生活環境(特にトイレ事情)と、
和食のおかげも大きいと思います

それと、
コロナ騒動が始まってからここのところ、
大雨と大風が大変多いことも大きな要因だと思います

何か、
日本を守るという意志を感じます

また、日本人が自然に和を優先する性質を持つため、
先週からの自粛要請にそんなに不満も言わずに、
ばっと協力する事も大きいのでしょう
(これはこれで心配な側面もありますが・・・)

とはいえ、
予防は欠かせませんので、
皆さまも十分に予防、免疫力をアップして、
くれぐれも自衛してください