2019年12月21日土曜日

2019~2020年末年始リトリートのお知らせ




毎年恒例、年末年始のリトリートがもうじき始まります

12月と1月は、
最も悟りが起こりやすい時期と言われているように、
大きな恩寵が起こりやすい時期です

多くの先人が、
この時期に覚醒しています

かくいう私も、
1月に大きな恩寵をいただきました

年末、お正月は、
一般的に家族で過ごす大切な時期でもあって、
家族を持つ方々には参加するのが難しいとは思いますが、
時に、
この貴重な時期を霊的進化に捧げてみてはいかがでしょう

特に、
令和という、時代の変化の時期、
国家的にも大嘗祭という大きな儀式の後の年の節目である
今回のリトリートは、
とても静粛でありながら裡に大きな熱量を携えているエネルギーに満たされる予感がしています

きっと、
大きな変化がもたらされるでしょう

男女ともに各1名ずつまだ空きがありますので、
真剣に霊的進化を求めている方は、
ぜひ、いらしてください

以下、
年末年始リトリートについてお知らせいたします


***


今年も、年末年始、2つの年をまたいだRetreatの時期が来ました

今年のRetreatでは、今まで歩いてきた道と、これから歩む道の地図を明確にしましょう

何をすべきなのか!

誰がすべきなのか!

何に体験的に気が付かなければならないのか!

これらに、ほんとうの意味で、貴方がたが意識的になる必要があります

あなた方が意識的になったときのみ、歩みが始まります

あなた方がそれに無意識なら、ワークする対象を認識できななら、どうやってワークするのでしょうか

共に進歩できるこのRetreatで、共に座れることを楽しみにしています

日程:2019年12月27日(金)夜in
   2020年1月5日(日) 昼out

費用:223,500円

会場:大川

持ち物:タオルやアメニティはいつもと同じです
    お菓子は、各自で持参してください

love & peace
みのる & ともこ

2019年12月20日金曜日

大嘗宮 ~地球の中心へのポータル~


半年以上振りの投稿です

今年は、日本にとっても、新元号のスタートや台風の災害など、
多くの出来事が起こりましたが、
個人的にも周りに様々な事が次から次に起こり、
忙しさが募り体調も不安定になって、
ブログもすっかりご無沙汰してしまいました

まだまだ忙しさは続きますが、
ピークは越えた感がしています

さて、
先日、大嘗祭が行われた大嘗宮の一般公開があったので、
行ってきました

(もう、何日も経ってしまいましたが・・・(;´Д`))


一般公開の最終日だったので、
たくさんの人が訪れてずらーっと大行列を作っていましたが、
空は真っ青に晴れ渡り、暖かく、
広々とした皇居で待つ時間も心地よく、
久しぶりにゆっくりとハイキングを楽しむような感じでした

上の画像の広い芝生のところは、地図によれば「本丸」とのことでした
画像奥の左端の方に、石垣が残っていたので、
そこが江戸城が建っていたところなのか、
この「本丸」に建っていたのかは、また後に調べたいと思いつつ、
この広場が何かとてもいい感じだったので、
そのエネルギーを感じてみたところ、
何か、地球の中心と繋がっているような、
言い換えれば、
地球の中心に行く時のポータル(入り口)
のようなイメージが来ました

真っ青に広がる空に向かって開けている場所なので、
なんとなく天に向かうエネルギーを感じるものかと思っていたのですが、
逆でした

「ああ、なんか、ただ単に徳川幕府の中心地とか、今の日本の中心地という訳ではないんだな、もっと意味のある場所なんだな」と感じました


本丸広場には、今の時期に咲く桜も満開でした

大嘗祭が行われた大嘗宮は、
本丸広場の奥に建てられていました




皮を剥がない木で作られた鳥居や灯篭、
歴史的には5日間で建てられ、大嘗祭の翌日には取り壊されたという、
簡素で自然の野趣を感じるものでしたが、
今回のお宮は茅葺でもなく、
たった5日間で建てられたものとは思えないものでした



正面は、人がどっと押し寄せて、
「押さないでくださーい!!」
「立ち止まらないでくださーい!!」
「写真を1枚撮ったら移動してくださーい!!」と、
警備の警官や職員の大声での注意喚起が絶え間なく、
殺気立っていたので、
ゆっくり見る余裕もなく、
ゆっくりレンズを構える余裕もなく、
パッと撮っては移動するの繰り返しだったため、
神気が残っているのを楽しみにしていたのですが、
残念ながら、エネルギーを感じる余地は全くありませんでした

写真も、ほとんど歩きながらパッと撮るという感じで、
ロクなのがなくて残念です(;´Д`)


横の方に移動するにつれ、人は減っていきましたが、
まだまだ、パッと写真を撮るのが精一杯です


後ろ側に回ってきました
画像中央に見えているのが、主基殿
左奥にちらっと見えるのが悠紀殿

この画像ではわかりにくいですが、
悠紀殿と主基殿では屋根の上につんと立っている千木の形が違います

悠紀殿の千木は内削(うちそぎ)と言って、上が平らになっていて、
伊勢神宮の内宮と同じです
主基殿の千木は外削(そとそぎ)と言って、横が平らになっていて、
伊勢神宮の外宮と同じです

屋根に乗っている鰹木も、内宮(偶数)と外宮(奇数)では違うのですが、
このふたつの殿舎がどうだったか、
はっきり確認はしてこなかったのでわからないのですが、
画像から判明する限り、どうも同じ数のようです

というのも、
悠紀殿は東日本の祭場であり、
主基殿は西日本の祭場だということなのですが、
なぜ、わざわざふたつの祭場で儀式を行うのかと考えると、
日本を東と西に分ける理由がピンと来ず、
私はなんとなく、
それぞれが天照大神の和魂と荒魂をお迎えする祭場なのではないか、
と感じていたからです

あるいは、
内宮と外宮のように、
天照大神と豊受大神をお迎えする祭場・・・

あるいは、
女神と男神・・・

あるいは、
天津神と国津神・・・

これは全く私が勝手に感じていることなので、
何の根拠もありませんが、
なんとなくその方がしっくり来ます

いずれにしても、
これらの殿舎で、秘儀が行われました


真裏に回ってみると、
天皇がお召し替えなどされた殿舎の背後に出ました


ちょうど日の光が降り注いでいて、
人もまばらで静かだったので、
真裏でしばらく瞑想をしてみました

神社も、真裏のエネルギーがいいですからね♪

すると、
最初は穏やかだったものの、
徐々にぐーっと下に引っ張られ、
最後はものすごい強さでグラウンディングし、
それがハートともつながる感じでした

しばらく、
エネルギー酔いの状態になるほどでした

ここでも、
最初は「神気を感じられるかな」とか、
「天とつながる感じなのかな」とか思っていたのですが、
まさに、地球の中心へと引っ張られていきました

ここで来たヴィジョンは、
まず、
ここでお迎えされたとされる神が、
宇宙からの存在であり、
なんとなく「プレアデス、プレアデス」というイメージが来ました

個人的に、実は常々プレアデス系はあまり信用していないところがあったので、
(というか、私が感じてきた天皇家のエネルギーと、
よくスピリチュアルでプレアデス系と言われているもののエネルギーは、
完全に違っていたからです
実際に、私自身がプレアデスのエネルギーを直接に明確に感じたことはないので、
単なる思い込みかもしれません(;´Д`))
「え~っ?」という感じでした

でも、来たものはしょうがないので、
「そうなんですか~?」と思っていたら、

次に、
地球が宇宙の中心で、
ここに多重的に、多層的に、多次元的に、
宇宙の全てが存在している、
というヴィジョンが来ました

私たち人間の内的宇宙が、
私たちの内面に多層的に多次元的に拡がっているように、
全ての宇宙が、
地球の内側に拡がっている、
という感じです

「ああ、だから、ここが地球の中心へのポータルなんだ」
とわかりました



地球の中心と言えば、
ある事柄を思い出します

私の霊的進化の師匠であるフーマンがボディを離れた時の事です

その知らせを受けたのはボディを離れてから1週間後だったのですが、
フーマンがボディを離れる数日前から、
フーマンのエネルギーを強く感じ出していて、
まさにそのエネルギーですっぽりと包まれている状態が続いていたので、
フーマンがどこにいるのか、
チューニングしてみたことがありました

すると、住んでいたハワイでもない
日本でもない、
アメリカでもない

強いて言えば、
地球の中心か、宇宙、
といった感じだったのです

自分のチューニング力に自信があった訳ではなかったので、
「どういうこと?」と思っていましたが、
その後、フーマン逝去の知らせを受けた時、
「ああ、あながち間違っていた訳でもなかったんだな」と思いました

フーマンがボディを離れて、
高次元に行ったことは確かでしょう

ちなみに、
フーマンがボディを離れた後は、
もう、そのエネルギーが完全に私の内側に入り、
一体になっている状態でしたが、
49日を過ぎる辺りから、
徐々に薄れていきました

「ああ、49日というのは、ちゃんと意味があるのだな」とわかりました

死後、エネルギー体は49日でここを離れていくのでしょう


その体験と、
今回の大嘗宮での体験とを鑑みると、
今回のヴィジョンも、
あながち間違ってないかも・・・( ̄ー ̄)



人間の意識と、
地球の意識

ひとつの同じものなのか、
はたまた・・・?

またひとつ、
探究してみるテーマができました♪















2019年5月10日金曜日

令和の幕開け


新しい元号、令和が始まってから10日が立ちました

元号の変わり目がちょうどロングリトリート中で、リアルタイムでの儀式の様子や世間の動きを見る事はできませんでしたが、
初日はまだ移行中というエネルギーを感じ、2日目にようやく変わったエネルギーを感じる事ができました

先日、とある話しを耳にしました
誰かは知りませんが、とある経営コンサルタントの方の見解だそうです

今の70代80代の人達が一番重要視しているものは「食べ物」だそうで、
戦争時の食糧難を体験しているため、何はともあれ、「食べ物」が十分にあるかどうかを気にする、ということです

40〜60代の人達は「お金」だそうで、
まさに高度成長期に育ち、バブルとその崩壊を体験した世代は、「お金」で人生が決まると思っているのでしょう

20〜30代の人達は「自分の居場所」だそうで、
学校教育における点数化や競争の激化、いじめや校内暴力が大きな問題となった世代は、「安心して居られる居場所」を求め、それを最も大切に思っているのでしょう

このコンサルタントさんの見解は、とても頷けるものがありますね

平成は、戦争など特に大きな動きがなく、よく言えば平和ボケ、悪く言えば国民総幼稚化が進み、日本古来の精神性が破壊され、まさに「お金様」が幅をきかせていましたが、
今の経済のあり方はあまりにも架空のものになり過ぎているため、そこから幸せや満足、安心を得る事はできない事に気づく人達が増えて行くことでしょう

これからの令和は、全く違うものを人々は求め始め、価値観も大きく変わって行くことでしょう

それが、このコンサルタントさんの言う「自分の居場所」なのか、
私達が見失ってきた精神性を取り戻して行くことなのかはまだわかりませんが、
これからの社会を担う20〜30代の人達ががんばって、上の世代が構築してきた今の社会の価値観を転換するべく、貢献していってくれる事を期待しています

私の息子も今30代ですが、会社で上の世代と下の世代をどう繋げて、下の世代の力をどううまく発揮して作動させられるか、いつも考えていると話していました

昭和の終わり頃に生まれた世代なので、両方の感覚がわかる、と言っていました

息子の世代から下は、ちょうど、クリスタルチルドレンとかインディゴチルドレンとか言われた子ども達がたくさん存在している世代ですね

今、霊的進化の道を歩んでいる人達の、その魂の故郷から転生してきた存在達かも知れませんね

あまりにも価値観がかけ離れていると、理解し合うのは難しいかも知れません

今、霊的進化の道を歩んでいる人達は、社会の中でその困難に大なり小なりぶち当たっていることでしょう

でも、どうしてわざわざこの地球に転生して来たのか

クリスタルチルドレンやインディゴチルドレンは別として、自分も世間の人達と同じ存在だと思いつつ、どうしても違和感を覚えざるを得ず、その苦しみを体験し、霊的進化の道に入った魂達は、おそらく何回もこの地上に転生して来ているのでしょう

それを思うと、そこにその魂達の何かの「意図」を感じざるを得ません

令和は、それが明らかになって行く時代のように感じます

各々が、己自身の「意図」に気づき始めるのでしょう

霊的進化は、自分だけのものではなく、自分がどうあるかが、人類全体の進化に影響を及ぼします

それが、「令和」という言葉が持つ、ある種心地よい、凛とした威厳のエネルギーの表れだと言えるでしょう

国民総幼稚化から、威厳ある大人への成長の時代です

そうあることを、願っています


2019年4月9日火曜日

なぜ苦しむのか2 苦しみの本質(2)~諸行無常、一切皆苦~     トータル・パス ~魂への道~4


「釈迦」の画像検索結果

苦しみについて、
もうひとつの観点から書きます

これから霊的進化の道を歩む上で、
「苦しみ」について深い理解を得ていることと、
自分が実はとても「苦しんでいる」ということに気づく事は、とても重要です

なので、くどいようですが、本題に入る前に、
今日は「苦しみ」について、
釈迦の示した言葉から理解を深めていきたいと思います


釈迦は、この世界について、
「諸行無常」であり、「一切皆苦」であると説きました

「諸行無常」とは、
全てが変化し、変化せずに恒常であるものは一つとしてない、
という事です

「全てが変化する」ということは、
「絶対的な正義」「絶対的な善悪」は存在せず、
全ては「相対的」である、ということです

正義、善悪が「相対的である」ということは、
全ての人が同じ価値観や考えを持つことはない、ということです

自分と周りの人たちの価値観や考えが違うということは、
集団で生きる人間にとって、
必ず衝突や摩擦が生じるということでもあります

これは、人生を送る中で、
誰しもが体験的に知っていくことでしょう

多くの人は、
「自分の価値観や考えが正しくて、相手のは間違っている」と解釈します

どちらが正しいか(「自分の方が正しい」と)、証明しようとします

これは、単なる価値観や考えというものに収まらず、
「自己の証明」に関わってきます

正しくは、「自我の証明」ですが、
自分自身が生きる指針となっているものの正しさを証明することは、
その「自我」が生きていていいと、その正当性を証明することでもあります

そのため、この世界では、
大きなところでは国と国の間で、
小さなところでは身近な人同士の間で、
絶え間なく「自己証明」の戦争が勃発しています

それは、例え、人が人間として成熟して、
「相手の考えは自分と違って当たり前」という認識を持っていたとしても、
自分の利権と相手の利権が明らかに相反する場合、
何らかの葛藤がそこに起こりえます

そう、
「諸行無常」であるこの世界にともに生きる私たちは、
常に何らかの「葛藤」を抱えざるを得ないのです

その「葛藤」が、「苦しみ」となるのです


では、「一切皆苦」の方はどうでしょうか?

これは言葉通り、
一切全てが苦しみだ、ということです

それは、
私たちが「生きている」からです

肉体を持って、存続しようとし続けているからです

病気とか、事故とか、死別とか、損失とか、不幸な出来事だけが苦しいのではないのです

「生きる」ということはどういうことでしょうか?

「生きる」ということは、
常に「生きる」ために何かを必要とする、ということです

それは、
「空気」だったり、「食物」だったり、「太陽の光」だったり、「重力」だったり、
「安全」だったり、「愛」だったり、「愛する人」だったり、
「仕事」だったり、「お金」だったり、
「生きがい」だったり、「生きる意味」だったり、
形は様々ですが、
常に「自分以外のもの」を必要としている、ということです

「自分」という「命」は、
自分だけでは生きられないようにできているのです

自分だけでは完結しないのです

では、
生きるために必要とするそれらが全て手に入ったら、
人は「苦しみ」から脱することができるのでしょうか?

誰しも、一時的に、
「自分はもはや苦しんでいない、私は満たされ幸せだ」と感じることはあるでしょう

でも、「諸行無常」です
同じ状態が永遠に継続することはありません

仮に、刻々と変化する「必要」が、刻々と手に入るとしても、
あなたは常に何かを必要とし続けます

その「何かを必要とする」状態そのものが、
実は「苦しみ」の種なのです

「生きる」というベクトルを考えてみてください

それは、
常に何らかの「欲」が生じ続けるということです

「何かを必要とする」こと=「欲」なのです

「欲」は、「生きる」ということです

人は、生きる以上、「欲」から完全に離れることはできないのです

そして、
その「欲」のある状態こそが、「苦しみ」の原型なのです

肉体、感情、思考、
仏教的に言えば、五感と意識の六根ですが、
それらが顕現する裡に、
すでに「苦しみ」の種が埋め込まれているのです

人間であるということは、
すでに「苦しみ」を産まれながらに携えている、ということです

では、
その「苦しみ」から逃れるすべはないのでしょうか?

それこそが、
釈迦の説いた教えです

人間でありながら、
この肉体と六根を持ちながら、
その「内在する苦しみ」そのものから解脱すること

人間でありながら、
完全に人間を超え、
全ての原因、根源に溶け去っていくこと

それを、
「仏」「神」「最愛なるもの」「創造主」「大いなるもの」「名無き者」「アラー」etc.etc.・・・・
人類は歴史上、様々な呼び名で呼んできました

そこに帰すること


そして、
それこそが、この「トータル・パス」のゴールです

だからこそ、
霊的進化を歩む上で、
「苦しみ」とは何かを深く理解し、
自分自身のその根源的な「苦しみ」に気づくことが大切なのです

それなくして、
「解脱」に達するだけのモチベーションとパワーを持つことはできないからです

「釈迦涅槃図」の画像検索結果
























2019年4月3日水曜日

GWロングリトリートのご案内



今年ももうじきゴールデンウィークの時期がやってきます

ちょうど、平成から令和へと変わる節目に、
今年のGWリトリートは行われます

とても強烈でありながら、
でもスムーズに新しいところへと進んでいける機会になると感じています

全てのエネルギーが強力に新たなところへと向かっていくこの時、
それは、追い風を手にするようなものです

本当に、人生の中で2度あるかないかの、
非常に貴重な機会です

もう、古いやり方は手放し、
その追い風に身を任せませんか?

あなたがそれを選択する時、
あなた自身の内側で、
古いあなたから新しいあなたへと、
変容していくための、
真に貴重で聖なる機会となるでしょう

今年のGWリトリートは、
10daysと、6days、5daysがあります

まだ、5daysに若干の空きがありますので、
お申し込みをお考えの方は、
お早めにお申し込みください
(10days、6daysご希望の方がいらした場合、調整も可能ですので、ご相談ください)


I am の探求が一段落し始め、ここ数年新たに
I am の内側でうごめく、思考や感情、そして
それらのもととなるものの探求が始まりました

I am は、肉体の内側に存在するエネルギーの
Bodyで、我々は目に見えない肉体の内側に存在
するEnergy Body にスタビライズしました

いまは、このEnergy Body の内側でうごめく、
思考や感情、そしてそれらのもととなるものの
探求と・・・

あなたの『渇き』を満たす探求、最愛なる者と
触れ、一つになること・・・

これらを通して、2元を超えるポイントへと向
かいつつあります

いま我々がシェアする教えは、I am (Energy
Body)のWorkより繊細で精密なものです

2元を超える崖の淵に、一緒に向かいましょう

[日程]10,6,5daysの3種類
・10days:4月26日(金) 夜 in ~ 5月 5日(日) 昼 out
・ 6days:4月30日(火) 夜 in ~ 5月 5日(日) 昼 out
・ 5days:4月26日(金) 夜 in ~ 4月30日(火) 昼 out

[費用]
・10days:223,500円(ボディワークSession:4回程度)
・ 6days:137,500(ボディワークSession:2回程度)
・ 5days:116,000(ボディワークSession:2回程度
※セッション数は、参加人数で変動します

[集合解散予定時間]
・10days
 in :4/26 20:04 伊豆大川駅着(夕食無)
 out:5/ 5 昼食後適宜

・6days
 in :4/30 17:36 伊豆大川駅着(夕食有)
 out:5/ 5 昼食後適宜

・5days
 in :4/26 20:04 伊豆大川駅着(夕食無)
 out:4/30 14:33 伊豆大川駅発

その他
車で来られる方、上記時間外の方は別途連絡
してください

リトリートのタイムスケジュール:例(参加者によって変わる場合があります)
 
  朝6:00          起床
   6:15~7:15  ダイナミック瞑想orチャクラブリージングorスダルシャン呼吸法
   7:15~8:00  お風呂(天然かけ流し温泉)
      8:00~9:00  瞑想
   9:00~10:00   朝食
   10:00~11:00 ハートのワーク
   11:15~12:00 瞑想
   12:00~12:30 作務(行為をしながらの瞑想)
   12:30~14:30 昼食 (ボディーワークのセッション1名)
   14:30~16:30 講話、質疑応答&瞑想
   17:00~18:00 クンダリーニ瞑想 (ボディワークのセッション1名)
   18:00~19:00 お風呂(天然かけ流し温泉)
   19:00~20:00 夕食
   20:00~21:45 瞑想2本
   21:45~    お風呂(天然かけ流し温泉)、就寝 




みのる&ともこ

2019年3月24日日曜日

なぜ苦しむのか2 苦しみの本質(1) トータル・パス ~魂への道~ 3 

前回、なぜ苦しむのか、その理由について書きました

この世界に生きる上で苦しむのは、
霊的進化への道へと促すための魂からのアラームであり、
その人がその段階に成熟して来ているということ、
そして、すでに深いところで、
この地上の次元より、もっと高次の世界を知っているがゆえなのです

では、
その苦しみの本質は何なのでしょう?

表面的に見れば、
人によって、苦しんでいる原因は様々です

人間関係だったり、
生活レベルのことだったり、
仕事の事だったり、
病気や身体的な不具合だったり、
大切な人を失ったり、
数え上げればきりがないほど、
その原因は多種多様に富んでいます

でも、
それらの苦しみを突き詰めていくと、
たいていのことは、
2つの感覚に収束していきます

それは、一体何でしょう?

例えば、
愛する人が自分以外の人を愛していて、苦しんでいる人がいます

「彼が私を愛してくれさえしたら、私は幸せになるのに・・・
他に何もいらない」と、
毎晩泣きながら、思い詰めていることでしょう

苦しいですよね

寂しくて寂しくて胸が痛んでいることでしょう
深く傷ついているでしょう
欲しくて欲しくて渇望しているかもしれません
嫉妬の炎に焼かれているかもしれません
思い通りにならない苛立ちや無力感も感じているかもしれません
愛されない自分に対して、卑屈になっているかもしれません
相手を恨んでいるかもしれません

いろいろな感情が心の中に押し寄せて、
嵐のように吹き荒れていることでしょう

でも、
それらの底辺で、
心の奥底で、
その人がずっと感じている感覚があるはずです

さみしい・・・悲しい・・・私はひとりぼっち・・・

そう、
それは「孤独感」です

愛する人が私のところに来てくれさえすれば、
この「孤独感」で空いた穴は満たされて塞がれるはずだ・・・

私をひとりぼっちにしないで・・・!!!

だからこそ、
愛する人を欲してやまないのです

自分自身が満たされるための愛でなければ、
相手が自分を愛そうが愛すまいが、
苦しむことはありません

様々な苦しみを引き起こしている、
深いところにある原因の一つは、
この「孤独感」です

この「孤独感」を消すために、
人はあらゆる関係性の中で、
相手を欲し、
それが手に入らずに苦しみます
いえ、
手に入ったところで、
相手がその深い「孤独感」を満たすことなどできはしないため、
今度は「相手のどこそこが悪いから、私は満たされない」などと、
難癖をつけ始め、
結局はせっかく手に入った相手すら失ってしまいます
あるいは、
依然同じ「孤独感」を抱えたまま、
半ばあきらめて、その相手との関係を続け、
他の何かでその「孤独感」を埋めようとし続けます

この「孤独感」を持っている人は、
何かを欲し続けます


では、もう一度、同じ例で考えてみましょう

愛する人が他の人を愛し、自分は愛されずに、苦しんでいる人がいます

「あの人が私を愛してさえくれたら、私は幸せになるのに・・・
でも、彼は私を愛してくれない・・・私ではだめなんだ・・・」と、
布団の中でぎゅっと体を丸く縮めて、
深い痛みに耐えていることでしょう

同じような状況でも、
ちょっと違う感覚が心の中に生じています

「どうせ私は愛されない・・・私には価値がないんだ・・・」

深く傷ついているのは同じでも、
自分の心を苦しめているのは、
自分自身を否定してしまうことです

これは、次のような例でもいいでしょう

相手のために良かれと思って、すごくがんばってやったのに、
裏目に出て、思ったほど喜ばれなかったり、
時には怒られたり、批判されたりする人がいます

「僕はあなたのためを思ってがんばったのに・・・何のためにがんばったんだろう・・・
どうして認めてもらえないんだろう?僕が間違っていたのか?」と、
傷つき、落ち込みます

この人が心の深いところで感じているものは、
何でしょう?

どうして愛されないんだろう・・・
どうして認められないんだろう・・・
どうせ愛されない・・・
どうせ認められない・・・
私がだめだからだ・・・
私が悪いんだ・・・

そう、
それは「罪悪感」です

様々な苦しみを引き起こしている、
深いところにある原因のもう一つは、
この「罪悪感」です

この「罪悪感」を心の底に抱えている人は、
常に誰かに認めてもらうことを欲しています

認めてもらえれば、
自分が悪くないことを証明してもらえる・・・

でも、実は本人が思っているのとは逆に、
実際はちゃんと認められていることが多いのです
それにもかかわらず、
その人は自分を責め続け、
他人の賞賛や認めている言葉を受け取らずに、
その「罪悪感」の泥沼にどっぷりと漬かり続けます

あるいは、
あまりにもその人の「認めて!認めて!」という声が大きすぎるために、
他人は認めたくても認めるのが嫌になってしまい、
かえって批判したりしてしまいます

そうすると、
なおのこと、認めてもらうためにがんばり、
認めてもらえずに落ち込むことを繰り返します

実は、
自分が自分を認めていないだけなのです
自分が「不完全」だと責め続けているのです

でも、
他の人から認めてもらわないと、安心できないのです

表面上はあらゆるバリエーションの苦しみがありますが、
ずっとその痛みをたどっていくと、
大抵のものは、この「孤独感」と「罪悪感」にたどり着きます

心の中で起こることは、
例で書いたものと反転して出ることもあります
つまり、
過剰に孤独でいることを好んだり、
自分は完璧だと信じて、他人の言葉を全く受け付けなかったりもします

皆さんも、
自分の中の痛みを深く見ていき、
自分の最も奥底でずっと抱え続けている感覚、
何を経験しても、最終的にいつもたどり着く感覚、
それが何か、
探求してみてください

心の奥底で、
強烈に痛みを発しているもの

あなたを、
苦しめ続けているもの

あなたの「奥底の叫び」は何か?!

これらの深いところにある感覚が、
人を突き動かし、
それを埋めようと、
必死にあらゆるものを求め続けさせるのです


では、
この「孤独感」と「罪悪感」は、
一体どこから来るのでしょう?

その大元は何なのでしょう?

それこそが、
実は最も探求すべきポイントなのです

なぜ、「孤独」だと感じるのでしょう?
なぜ、「罪の意識」を感じるのでしょう?

それらを感じる時、
人は「自分が満たされていない」と感じています
人は「自分が完全ではない」と感じています

なぜ、「満たされていない」のか?
なぜ、「完全ではない」のか?

本当は、
その答えをここに書きたくはありません

なぜなら、
自分の内側で真剣にその問いを問い続けた時、
ある瞬間に人はブレイクスルーし、
その答えを強烈なインパクトとともに受け取るからです

それこそが、
ひとつの覚醒であり、
恩寵だからです

続きを読む前に、
実際にご自身で真剣に探求してみてください


実は、
人が苦しんでいる時、
それも、深く深く苦しんでいる時、
その人は「魂」のすぐ横にいるのです
「神」の眼前にいるのです

「魂」に「神」に触れていると言っても過言ではないほど、
近くにいます

もし、
人がその苦しみという海の中に飛び込めば、
次の瞬間、
その人は、自分が「神」という海の中で抱きかかえられているのを知るでしょう

そう、
海の表面に映っているのは、「苦しみ」に見えます

でも、その表面を突き破れば、
あなたはもう、その海こそが「神」であることを知ります

「神」は、鏡となって、あなたの姿を「苦しみ」として映し出します

海の中に入っていない、
つまり、
「神」と分離したあなたの姿を、
「苦しみ」として映し出しているのです

「苦しみ」とは、
分離です

人は、最も深いところで、
「満たされる」ことを知っています
「完全である」ことを知っています

「神」とひとつだったことを知っているのです

でも、
この次元に産まれ、生きる時、
なぜかそれを忘れ去ります

でも、
最奥のその古い記憶があるからこそ、
そうではない状況に、
人は苦しむのです

「孤独」なのは、本来ひとつである「神」と離れているからです
「不完全であることに罪悪」を感じるのは、完全である「神」と離れているからです

おそらく、
これがキリスト教でいう「原罪」なのでしょう

「苦しみ」は、
あなたが「神」と再び一つになるための、
入口です

それは、
「神」を忘れて、再び「知る」ための、
通路です

それは、
あなたが再び「完全」になり、
「満たされる」ための乗り物です

それは、
あなたの最も古い記憶を、
裏返しにして映し出しているのです

もし、
あなたが「苦しみ」を持っているなら、
すでにあなたには全てが与えられている、ということです

だから、
「苦しみ」から逃げるのではなく、
「苦しみ」を恐れるのではなく、
「苦しみ」に飛び込み、
「苦しみ」を突き抜けてください










































2019年3月23日土曜日

この時期、目と頭のケアを

緊急のお知らせです❢

春は、気が立ちます

冬の間、
地に停滞していた気が下から上に立ち上がり、
植物達の芽が吹くように、
人間の身体も気が下から上に上がり、
頭に気が集まります

その時に、
頭がこわばったままだと、
血行異常を起こしたり、
精神状態が不安定になり、
落ち込みやすくなります

よく、「木の芽時」と言われるように、
この時期に鬱っぽくなったり、
精神異常を発症したりする人が多くなるのは、
そのためです

PCやスマホが生活の中にすっかり入り込んだせいで、
ほとんどの人が、
目の疲れ、緊張が蓄積され、
頭がガチガチにこわばってしまっています

もし、身近で鬱になった人がいたら、
心理的な原因より、
身体的な原因を改善するよう、
アドバイスしてあげてください

目や盆の窪を蒸しタオルでよく温めたり、
マッサージをするようにして、
とにかくよくケアをしてください

地球的な磁場の変動や電磁波の影響もあって、
とにかく皆さん頭がガチガチで、
大変な状況になっています

ご自分でするのが難しい方は、
ヘッドセラピーや野口整体の「頭の穴おい」などを施術いたしますので、
ご連絡ください