2018年3月19日月曜日

アナディ用語の表記方法の変更について

アナディの教えには、とても多くの独特の用語があります

日本語に訳す際、どのように表記するか、
今回のリトリートでの通訳をやってくれるかなさんといろいろ相談してきました

最初、リトリートでアナディの話す言葉を少しでも直接わかるように、
カタカナ英語表記にして、
英語での発音に馴染んでもらった方がいいのでは、ということで、
カタカナ英語表記を中心に、()付けで日本語訳をつけていく方針でやっていきました

でも、やはりそれだと読む場合、
とても読みづらくなるため、
今回、
読みものの場合は、日本語表記を中心に、()付けでカタカナ英語表記をつけていくことに
変更しました

前回、アナディの教えをずっとシリーズでアップしましたが、
それも、今回、日本語表記に書き換えて更新しましたので、
ご覧ください

この教えに初めて出会う方は、
この用語の多さにたじたじとなってしまうと思いますが、
基本的に、すぐにそれらを覚えたり、理解する必要はありませんので、
ご安心ください(*´ω`*)

ただ、なんとなく、
こういう用語の響きに馴染んでおいていただけたらと思います

アナディも、
生徒の進化の状態に合わせて、次のステップの教えを伝達していくため、
最初から全てを覚えたり理解する必要はないと言っています

最初のステップは、
「純粋なme」を認識することから始まります

ただそれを、体験的に知って、
後はそれを忘れないようにするだけです


2018年3月18日日曜日

アナディ 動画「スピリチュアルな道の本当の意味」



日本語字幕付きは、下記URLからご覧になれます

http://anaditeaching.com/%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%84%E7%94%9F%E5%BE%92%E3%81%B8/

2018年3月13日火曜日

アナディ記事 その1 意識(コンシャスネス)の重要性

アナディの教えでは、
3つの側面から働きかけます

コンシャスネス(意識)・ハート・ビーイングの3つの柱です

その中でも、アナディの教えの特徴として、
意識の側面に特に大きな重要性を置いています

それに関する記事をアップします


意識(コンシャスネスの重要性


 もし人が、意識において断片的なら、他の目覚めの状態に不利な効果を与えてしまう。ゆえに意識が私たちの道の一歩目だという事実は、それの重要性や深遠さを少しでも損なうものではない。目覚めの他の境地は、比較的シンプルだ。意識の目覚め、変容、そして、最終的には、明け渡しこそが、最もチャレンジングだ。意識は、シンプルに複雑だそしてこの複雑さが適切に捉えられ理解されない限り、いつもそこには混乱が生じてしまうだろう。あるいは、人は単に断片的なままにとどまるだろう。混乱している者と、混乱していないが断片的な者がいるなぜなら彼らは、彼らの混乱にさえ触れていないからだ。混乱することの方が、実際にははるかに良いスタート地点なぜなら少なくとも、そこから人は真の明晰さをもたらす意図を活性化させることができるからだ。
 人は意識のI amに目覚め、「そこにもはやmeはいない」「その者は悟った」というような愚かな確信の上にとどまることができるあるいは、人はI amの光へのアクセスを持つというこの機会を、完全な意識へと成長するプロセスを始めるために使うことができるすなわちそれが意識の最初の開きの真の目的である。もしその目的が果たされないのなら、その最初の開きと、その変容を与える機会は、単なる無駄となる絶対状態に達することは、主要なシフトではある、その本質とは、とてつもなくシンプルだ。つまり、人はシフトし、体現し、その状態を安定させなければならない。そしてそれから、「絶対から生きることになる意識においては、それはそれほど単純ではない。皆が意識について話す、誰も本当に意識の性質を理解していない;それはいまだに秘密だ。意識についてのこれら全ての概念は、単に無知を覆い隠している。時には、表面的な理解や、理解の見せかけの上にとどまるより、何もまったく理解しないことの方がましだ;もし人が単に理解しないなら、少なくとも全てのドアは開いたままで、まだ無邪気さの特質を保つ。
 私たちの意識は複雑だしかし、その主要な側面、つまりそれは事実あなた自身の側面だがそれに触れる瞬間、あなたはそれが何か抽象的なものではないのだということを見いだす。それは、その微細なニュアンスを捉えることができるよう非常に分析的なマインドを持つことをあなたに要求するような抽象的なものではない。私たちが話す意識全ての側面が、あなたという者に本来備わっているものとして明快に体験されうる。それらはただ、あなたのアイデンティティのリアリティを見ることの、違う角度だ。これら全て意識の要素が明確に認識され、出会われ、触れられた瞬間、あなたは、あなたの意識は、豊かで多次元的である、それはかなりシンプルでもあるということを、明らかに見ることができる。平均的な人間の知性は、この性質を捉えることができるはずだ。しかしながら、もし私たちが断片的で、マインドの中に閉じ込められ、完全に観察者の機能と同一化しているなら、明らかにそこには、意識とは本当に何なのかを理解する道はない。その理解が始まるためには、私たちは初めに、意識の土台を目覚めさせる必要があるつまりそれは「純粋意識(ピュア・コンシャスネス)」―完全な意識の土壌。もしすぐさまに、私たちが触れているコンシャスネスのこれらの側面の変容と目覚めにつながらなければ、理解だけでは十分ではない。
 「純粋意識」への目覚めは、全体としての意識の目覚めの過程の始まりだ。それは、この過程の中で、あなたが何か修行しているというようなことではない。あなたは修行しているが、何か技法を行っているというようなやり方ではない。あなたは、あなた自身へと育って行く。統合しそしてあなたのアイデンティティの全ての側面とつながっていく

2018年3月1日木曜日

アナディの教え~アナディwebサイトより 注釈

アナディの教えをお伝えするために、
アナディの教え~アナディwebサイトより その1からその11まで、
アップしました

その10は、かなりアドバンスの教えになってきますので、
初めての方や、まだここ数年のアナディとのリトリートの体験のない方は、
その1からその9まで、それとその11までを読まれることをお勧めいたします。

いきなり、その10を読まれると、
かえって訳が分からなくなってしまうと思います

アナディの教えは、
文章を読むだけでは理解するのは難しいと思います

今回の日本で行われるリトリートは、
入門編であり、ごく基本的なことから始まると思いますので、
初めての方でも大丈夫です

アジズ時代にリトリートに参加されていた方も、
ここ数年のアナディの教えは、
そのベースは同じですが、
はるかに進化した内容になっていますので、
昔をイメージされていると、かえって戸惑うことになるかもしれません

アナディは、
かつて、「私がいなくなること」が悟りだという、スピリチュアル界の確固たる常識を、
meという「私」を目覚めさせることこそが悟りであるという、
非常に正直で、非常に誠実で、非常に深い洞察力のある理解をもって、
打ち破りました

それは、科学の歴史で言えば、
天動説から地動説への転換が起こったことと比較してもおかしくはない位のことだったと思います

未だに、ほとんどのスピリチュアル界では、天動説が幅を利かせている中、
アナディの霊的科学はさらに進化を遂げ、
今や、量子理論のレベルに至っています

量子理論もまた、
科学界に大きな意識の転換をもたらしました

それ以前の科学は、
客観性があることを前提に全てが実証されてきましたが、
量子理論では、その実証の土台である客観性そのものが打ち壊されました

それは、本当に大きな転換です

アナディの教えも、それと同様のレベルの転換が起こっています

私たち一般の社会の意識は、いまだに客観性の科学を基盤に構築されていますが、
今の時代に天動説を本気で信じている先進国がないように、
やがて、今の量子理論の意識が常識になるのもそう遠いことではないでしょう

アナディの教えも、
それと同様、
今のほとんどの探究者達にとっては、理解が難しいものかもしれませんが、
やがて、人類全体の意識の進化とともに、
それが常識となる時代がやってくることでしょう

かくいう私も、
その量子理論的アナディの教えに関しては、
全くのビギナーです

それでも、
アナディの教えの翻訳を進めながら、
自分なりにその検証を行っていく中、
たったそれだけでも、
大きな意識のシフトが起こりました

それは、今までの私自身の進化とは、
何か違う、すごい質のシフトでした

今はまだその全貌は見えませんが、
アナディの教えには、とてつもない宝石が秘められている予感がします

私もともに、
アナディの日本でのリトリートで、
その教えに触れることができるのを、
とても楽しみにしています






アナディの教え~アナディwebサイトより その11 目覚めの地図 vol.10 地図

目覚めの地図
vol.10

下記の地図は、アナディの教え全体を通した、広範囲に亘って完全に展開された目覚めのプロセスを凝縮したものだ。全ての目覚めの状態について、ここで述べてはいないし、それらがいつも同じ順序で起こるとは限らない。しかしながら、このモデルは、目覚めのプロセスの基本的な法則を把握するために必要な枠組みを提供している。

*注釈*下記の図ですが、途中、がどうやってもちょっとずれてしまい、
縦の黒線がまっすぐにならず、見にくくなってしまい、申し訳ありません
訂正する良い方法が見つかり次第、訂正いたしますので、ご了承ください
本来は、セントラルチャンネルとエッセンシャルチャンネルで、ずっとまっすぐに繋がっています




元の地図は下記です


アナディの教え~アナディwebサイトより その10 目覚めの地図 vol.9 魂のサマディ④

目覚めの地図
vol.9

「本質的なme」の垂直なサマディ            

「基本状態(ファンダメンタルステート)」               

「基本状態」は、「基底のme」の「絶対」への完全な明け渡しを通して到達される。それは、「基底のme」と「絶対のI am」の合一だ。「基本状態」の実現は、「純粋意識」の実現といくつかの点で同じだ。両方のケースで、I amへの通路が開かれている必要があり、その後、「純粋なme」が目覚め、体現され、I amと溶け合う必要がある。「基底のme」のサマディは、エネルギー的に頬骨の下の方で体験される。


絶対の純粋な意識的me(アブソリュートピュアコンシャスme)」      

 「基本状態」が一度確立されれば、「意識的me」は、「純粋な意識的me」のアイデンティティを通して、「不在」に間接的に結び付けられる。「意識的me」にとって、「不在」への道を開くためには、「純粋な意識的me」がまず初めに、垂直なサマディに到達するために、それ自身の純粋な主体のセンターから「源泉」へと明け渡し始めなければならない。ここで、それは「絶対の純粋な意識的me」へと変容する。このサマディは、前頭葉の底で到達される。そこで、「純粋な意識的me」は終わり、「基底のme」が始まる。



「the Inner knower(インナーノウワー 内なる知る者)」の内部のサマディへの進化                      

「絶対のKnower(アブソリュートノウワー 絶対の知る者)」        

 「the Inner knower(インナーノウワー 内なる知る者)」のアイデンティティである「意識的me」の明け渡しは、私たちの実存のまさにその核から深く手放していくプロセスだ。それは、明け渡す人の主体としての「意識的me」を絶えることなく体現し続けていくことによって、バランスを保たれなければならない。「意識的me」と「絶対のI am」との合一は、「意識的me」と「絶対の純粋な意識的me」とが溶け合うことによって、「絶対のKnower」と呼ばれている。ここで、「意識的me」自身は、「不在」の境地に入り、「絶対」とひとつになる。「絶対のKnower」へと変容するために、「the Inner knower」は「絶対の純粋な意識的me」と溶け合わなければならない。そのため、それは「純粋な意識的me」のサマディと同じ位置でエネルギー的に体験される。それは、前頭葉の底、眉毛のところだ。「絶対のKnower」を私たちが実現するためのツールは、「意識的me」の垂直な明け渡しと、主に、「the Outer knower」の自己吸収(私たちが自己吸収の2番目のレベルと呼んでいるもの)だ。

 ゆえに、「絶対のKnower」の実現は、「the Inner knower」が「純粋な意識的me」と溶け合い、「エッセンスme」の中にもっと深く彼自身を確立するということを意味している。「基本的なKnower」の実現のために、「絶対のKnower」はその後、「基底のme」と溶け合わなくてはならない。これに続き、私たちは「エッセンスーサマディ(本質―サマディ)」を持つ。そこでは、「基本的なKnower」はついに「エッセンスme」と溶け合い、そしてそのように、「エッセンスme」は「the Inner knower」のアイデンティティとなる。「エッセンスーサマディ」を通して、私たちは「原初のknower(プライモーディアルノウワー 原初の知る者)」を実現する。そしてついに、「内在する(イマネント)サマディ」を通して、「the Inner knower」は「エッセンスme」の秘された真髄に入り、「内在するI am」と溶け合う。ここで、彼は「内在するknower」となる。私たちの真の自己の実現だ。



「the Outer knower(アウターノウワー 外なる知る者)」のサマディへの進化                         

「半透明なknower(トランスルーセントノウワー 半透明な知る者)」   

 「意識的me」の2つ目のセンターである「the Outer knower」が完全に「本質的なme」の中へと吸収されない限り、それは妨げる影響を与え続ける。そんな普通のシナリオにおいては、たとえ「意識的me」が目覚めても、「the Outer knower」は統合されないまま、「観察者」の状態へと回帰してしまう。それは私たちの意識を弱め、極端な自己関与と、外向きの注意や相対的な意識、そして対象物との同化によってエネルギー漏れを起こしてしまう。「透明な(トランスペアレント)Knower」の状態では、人は「the Outer knower」と「本質的なme」の相対的な統合の地点に達している。しかしながら、究極的に、それらは完全に統合される必要がある。

 「the Outer knower」のサマディのための正しいベースを形づくるものは、「絶対のKnower」だ。それを私たちは「シールドステート(封印された状態)」と呼んでいる。「the Inner knower」における、サマディの中の「the Outer knower」、あるいは「シールドステート」は、私たちが「半透明のknower」と呼んでいるものだ。「半透明のknower」は、「絶対のknower」から生じる「エッセンスme」の2番目のセンターだ。「半透明のknower」は、私たちの魂と完全にひとつになり、私たちの純粋な本性の光とひとつだ。


「the Inner knower(インナーノウワー 内なる知る者)」のさらなる進化                           

「基本的な(ファンダメンタル)Knower」:「基本的なサマディ(ファンダメンタルサマディ)」 

 「絶対のknower」の実現は、非常に深遠だが、それはなお、「the Inner knower」と「エッセンスme」の間に残っている二元に関係し、不完全な「不在」の状態に関係しているという、重要な制限を持っている。私たちは、「絶対のI am」の中のサマディは完全な「不在」だと思うに違いないが、これは、見地の問題だ。それは確かに深遠な「不在」の実現だが、ここでの「不在」の浸透は、「the Inner knower」が「エッセンスme」と完全に溶け合うにはまだ不十分だ。この制限を打ち破るために、「the Inner knower」は「基底のme」と溶け合い、私たちが「基本的なサマディ」と呼んでいるものを顕さなければならない。「絶対のknower」と「基底のme」が溶け合う中で、「the knower」は「基本的なknower」に変容する。「基本的なknower」は、「絶対のknower」と「原初のknower」の間の段階だ。



「原初の(プライモーディアル)Knower」:「エッセンス―サマディ」と「I(私)」の実現                             

 
「エッセンス―サマディ」とは、その名前が含んでいるように、「エッセンスme」の中のサマディだ。「エッセンスme」は、ずっと「the Inner knower」のアイデンティティであるが、まさにその核は、その「the Inner knower」の到達を超えている。「エッセンスme」は、その周りで「意識的me」が形づくられ、そのセンターは、「意識的me」そのものより深い。「基本的な knower」は、「エッセンスme」の中での「the Inner knower」の自己吸収を通して、「エッセンスme」の核がついに浸透されるという、完璧な垂直の「不在」のプラットホームを提供する。この吸収の副産物は、「I」の実現だ。「me」に反して、「I」の中で、「エッセンスme」と「the Inner knower」の間の二元は、完全に超越される。ここで、「the Inner knower」のアイデンティティはついに「エッセンスme」そのものへとシフトする。そして、彼は「エッセンスme」のアイデンティティを想定する。


「内在する(イマネント)Knower」:
「イマネントサマディ」と「内在する(イマネント)I am」の実現      

 「エッセンスme」は、私たちの個人性の核だ。だが、それは、まさに私たちの始まりである「内在するI am」のそれ自身の本来の火花への通路でもある。「内在するI am」は、「原初のI am」の創造への最初の発散であり、魂が生じるためのベースだ。「内在するI am」に入るためには、「the Inner knower」のさらに深い自己吸収が要求される。「エッセンスme」の中へと、それを通ってさらに浸透していくことだ。私たちはこの最も深い自己吸収を、「内在するサマディ」と呼んでいる。「原初のknower」は「エッセンスme」のゲートを通り抜けて、「me」と「I」の両方を超えたアイデンティティの次元へと入っていく。私たち実存のまだ見られたことのないベースのアイデンティティ、「内在するI am」だ。それは、meでもIでもない。最も微細で、まだ見られたことがなく、本質的に超えている。それが私たちの本来の自己だ。「内在するknower」は、私たちの最も深い内在性を実現する者であり、「私は誰か?」という問いの最終的な答えだ。


超越は内在性(イマネンス)だ                      

 超越の概念を、「超えて」行くこと、あるいは私たちのmeが非個人性の状態の中へと消え去って行くことだと認識するのは普通だ。しかしながら、超越のための真の通路は、私たちである者の外側にはない。それは内側だ。「エッセンスme」の内側なのだ。私たちの「エッセンスme」が、創造の神の頭、「原初のI am」とそもそもひとつである私たちの個人性の本来の聖なる火花である「内在するI am」への入り口だ。



完璧な進化                          

 自由は、私たちの霊的感性の自然な開花だ。まさにmeと魂の溶け合い、魂とI amの普遍的で絶対の次元との溶け合いそのものだ。他のより深いエネルギー的な境地を達成することよりはるかに、それは私たちの抜本的な幻想からの超越であり、本来の家に還ることだ。愛の境地に至ることが、私たちのホールネスと超越への旅の終わりだ。というのも、ここで、私たちの魂はようやくその忘却の次元の中での輪廻転生の目的を成就するからだ。人間のアイデンティティと地上的意識の中で彷徨うことから解放され、魂は普遍的な知性という住居に戻り、本来の「不在」の深みから、彼女の原初の存在の光を再生する。だが、それは彼女の地上での旅の終わりではあるが、彼女の本来の自己を現実化することによって、魂はその進化と存在の新しい時代を始める―『彼方』の中で。彼女の新しい生は、もはや不完全さから自由を探すことではなく、愛と至福、そして真理の次元の中へと、終わることなく広がることだ。これが、完璧な進化そのもの、絶え間ない理解の目覚め、そして『最愛なるもの』のハートの中への明け渡しだ。

アナディの教え~アナディwebサイトより その9 目覚めの地図 vol.8 魂のサマディ③エッセンシャルチャンネル

目覚めの地図
vol.8


「エッセンシャルチャンネル」-垂直と内部のサマディ          

 「本質的なme」のサマディへの進化は、いくつかの重要な段階を経る。「意識的me」が、「本質的なme」の垂直な進化の入り口となる。「意識的me」がまず最初に目覚め、堅固になる必要がある。その後、休息の境地に到達する。そこで、「純粋な意識的me」の誕生を通して、ビーイングの質がその存在の中に注ぎ込まれる。それから、私たちは「基底のme」の目覚めを通して、垂直な次元へのより深いつながりを活性化させなければならない。その目的は、「絶対のI am」への「エッセンシャルチャンネル」を開くことだ。「基底のme」と「純粋な意識的me」のサマディという土台の上で、「意識的me」と「the Outer knower(アウターノウワー 外なる知る者)」は「絶対のI am」に向かって直接明け渡していくことができる。

 「本質的なme」の垂直な明け渡しは、これらのセンターの内部のサマディと完全に相互に結ばれているという事実によって、もっと複雑な道に従うことになる。「意識的me」と「the Outer knower」は、最初からより深く、深く、自己吸収の境地へと到達している。それは、それらの下にあるセンターと順々に、垂直に溶け合うことを促進していく。それを私たちは「自己溶解(セルフフュージョン)」と呼んでいる。一方、特に「基底のme」と「純粋な意識的me」の垂直なサマディは、この自己吸収がその究極の深みに到達できるために必要なベースを提供する。その頂点は、「I(私)」の誕生であり、その「内在するサマディ(イマネントサマディ)」だ。