2024年10月21日月曜日

「魂への聖なる道」第8章「5ステート」第4話「魂の段階」


悟りのための教え、覚醒のための教えである 「トータル・パス」の教えの概要について、 「魂への聖なる道」と題して、 このyoutubeの場をお借りして、 少しずつお伝えしているシリーズの 第2部、第8章「5ステート」 第4話です 魂の「5ステート」の詳細についてお話しする前に、 より深い理解をもたらすために、 「魂の段階」についてお話しています

以下、原稿を載せますので、聞き取りにくいところなど、参考にしてください

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こんにちは、ともこです

 

「悟り」のための教え、「覚醒」のための教えである「トータル・パス」の概要について、

「魂への聖なる道」と題して、

このyoutubeの場をお借りして、少しずつお伝えしていっているシリーズになります

 

前回、「5ステート」について少し触れて、次回詳しくお話する予定です、と言ったところから、

1年以上経過してしまい、大変申し訳ありませんでした

 

その間に「5ステート」に関する教えが進化して、その検証と言語化に時間が必要だったのが一番の理由ではあるのですが、

もうひとつは私の非常に個人的な理由で、以前動画編集に使って慣れていたムービーメーカーがなくなってしまい、ダヴィンチリゾルブを使い始めていたのですが、

どうもパソコン関係が苦手なため、なかなか新しいものに慣れず、いちいち使い方の動画を見ながらの編集に疲れてしまい、間が空けば空くほどますます手が出しにくくなって、その上にもう歳なので体調も崩している間に、あっという間に1年以上が経ってしまいました

 

そんな事情で録画も編集も超へたくそですし、もう少し余裕ができたらどなたかにお手伝いいただく方向も考えていきたいと思っています

 

さて、そんな訳で「5ステート」の教えが進化したのと、随分と間が空いてしまったので、

「5ステート」の教えをより良く理解しやすいように、いくつか本当に基本的なことを改めてお話していきたいと思います

「5ステート」の詳細については、その後の方が理解しやすいので、まずはこれからお話することをよく理解していただければと思います

 

今回は「魂とは何か?」ということと、「魂の段階」について、

このシリーズの最初にお伝えしたのとはちょっと違う角度からお話していこうと思います

 

「魂とは何か?」

 

「魂」という言葉は、スピリチュアルなシーンではごく当たり前のように使われています

でも、多くの方が「魂」を全て本当に知ることなく、「魂」のごく入口しか知らずに、

あるいは単なる概念で「魂」「魂」と口にしています

 

結論から言えば、「魂」とは、「全ての体験者」であり、

この次元での「人間」としての存在と「神性」の次元とを結ぶ架け橋です

(ここで図解)

 

ちょっと、図を描いてお話していこうと思います

 

まずは、この架け橋についてお話していきますね

こう、「人間」の次元があるとします

3次元、もしくは4次元ですね

 

もちろん、本当はこのように線で区切られたようなあり方では当然ありません。

国境のように、地上に引かれたこの線のこっちがA国で、こっちがB国というように、何か平面上、もしくは立体状の上に3次元と4次元の間に線引きがあって、一歩その線を超えると4次元、というあり方ではないのですね

全部混じり合っています

そして、私たちが通常持っている宇宙空間という、この空間という概念も超えています

でも、そのあり方を完璧に言語化できるほど、人間の知性はまだ発達していないので、言葉で表すことは難しいのですが、次元を超えるということは、そこには何か、シフトというか、大きなジャンプがあります

こう、飛躍的な拡大と深まり、そしてより繊細さとある種の濃密さを増していく、今風に言えば、振動数が上がる、というのがあるのですね

 

ちなみに、体験的な体感から言えば、意識のセンターである「私」が、例えば6次元から7次元に移行した時、その「私」の感覚はただ薄いベールが剥がれたような、あるいは、何かがぽろっと落ちたような感じで、

その位置は1ミリも変わらず、「私」の基本的な感覚に何も違いはないのですが、それにも拘わらず、

何かが決定的に変わっていて、全く違うところにいるのを体験します

 

これが何故そうなるのかについては、次の回で詳しくお話しますが、

つまり、次の次元にシフトしたからといって、肉体の中で今までと違う位置、場所に自分を見出すわけではないし、今までになかった何かが新しい場所に新しく作られるという事でもない、ということです

 

むしろ、ベールが一枚剥がれて、より純粋でより深い自分が顕れてくる、という感じです

あるいは、全く新しく自分が生まれ変わったという感じですね

 

ただ、ここではそれを含むと話がとても複雑になってしってわかりづらくなってしまうので、

まずは基本的な知的な理解のために人間の知性に合わせた説明の仕方をしますね

 

例えば、海全体を捉えるために、私たちは海の広さや深さや圧力など、様々なものを数値化して理解しようとしますね

海そのものには水深何メートルとか書かれてもいませんが、「深い」だけでは私たちにはその深さがよくわからないように、数値化することによって、私たちは比較ができるようになって、水深1万メートルとか言われると「ああ、ものすごく深いんだな」とわかりますよね

でも、本当にその深さがどういうものかわかるためには、その深さまで行かないとならないですよね

それを実際に体験する

その「体験」こそが本当は重要なのですが、その「体験」へと導くための道しるべとして、ここでは「次元」という概念を使います

これは非常に重要なことなので、よく理解しておいてください

 

3次元は特に説明の必要もないでしょう

立体が存在できる空間、場であり、私たちが生きているこの地球、もしくは物質的な宇宙という場ですね

物質の次元、という事もできますね

 

4次元というのは、時間が含まれています

ここは、時間が流れているために、常に変化し続ける場ですね

逆に言えば、常に変化し続けているので、時間が生じているとも言えます

時間がないと、何の事象も起こらず、「ただある」という実存の体験以外の「体験」が起こりません

霊的進化の道もありません

「生命」というのも、時間があるからこそ存在できます

生と死があって、成長や衰退という、時間による変化があるということですね

この辺の詳しい理解については、時間も取られてややこしくなるので、またの機会にしたいと思います

ここでは、私たち人類が通常体験しているこの地上の世界が4次元なんだなあ、となんとなく理解していただければ大丈夫です

 

そして、こう、高次に「神性」の次元があります

10次元、11次元、12次元以上ですね

 

実はここの詳細な検証はまだ私もできていなくて、体験からこの状態は10次元、この状態になると11次元、

これ以上は12次元以上だろう、と思っていますが、

それはまた検証ができてから詳しくお伝えできればと思います

もしかすると、これからお話する10次元が本当は11次元だったり9次元だったりするかもしれませんが、

あくまでも暫定的にそういう段階があるんだなあ、という、まあ、ここではざっくり、10次元位以上が「神性」の次元なんだなあとなんとなく理解していただければ大丈夫です

 

先ほどもちょこっと触れましたが、

この「次元」の違い、もしくは下位の次元から高位の次元への上昇とは、「意識の拡大」、あるいは「意識の深化」、あるいは「エネルギー的により繊細になっていく事、つまり、振動数が上がる事」であることをちょっと頭の隅に置いておいてください

 

ちょっと余談というか補足になりますが、

「意識」とは、私たちという存在が「存在している」という、「ある」という感覚をそのコアとしています

だからこそ、「私」という実存の感覚がキーなのですね

ちょっと難しくなるので、これもちょっと頭の隅に置いておいていただければ大丈夫です

詳しく知りたい方は、実際にお会いしてお話できればと思います

 

さて、こう、「人間」の次元があって、こう「神性」の次元がありますね

で、こことここを繋ぐ架け橋が「魂」なんですね

 

そう、「魂」には段階、もしくは層があります

この5次元から9次元までのいくつかの層があるという事です

「人間」側に近い次元、そこから徐々に上がっていって、「人間」が消え去り、

純粋な「魂」として「神性」と直接に触れ合う次元

それら全てが「魂」の次元です

「人間」があって、それとは別に「魂」が独立して存在するわけではありません

それらも混ざり合っていて、純粋な「魂」になるまでは、どちらがより多いか少ないか、です

下に行くほど、「人間」サイドが増え、「神」サイドが減り、

上に行くほど、「神」サイドが増え、「人間」サイドが減っていきます

 

ここで、「5ステート」が大きく関係してきます

「5ステート」とは、肉体、プログラム体、感情体、知性体、マナ体という5つの状態を指しています

ちょっと前回お話した時とは用語の使い方に違いがあると思います

(ここで図解)

これが肉体、それを取り囲むようにプログラム体、その周りに感情体、その周りに知性体、その周りにマナ体、という感じです

肉体は物質的な身体の事で、後のプログラム体、感情体、知性体、マナ体は全てエネルギー体になります

これらも、ひとつひとつが分断されているのではなく、混じり合っています

つまり、肉体やプログラム体にもマナ体や知性体、感情体が貫いている、ということです

これは次回、詳しくお話します

 

まず、誰もが体験している肉体という物質的な状態ですね

これはまだ霊的進化に目覚めていない、完全に人間サイドのみで生きている状態で、

この状態を「無明」と言います

マインドに塗り固められた真っ暗な暗闇で、人によって差はあれども、理性や高次からの直感があるとはいえ、ほとんど動物的な本能や潜在意識に支配された状態です

それを「無意識」とも言うように、自分の内側で本当に起こっている事、自分の思考、感情、感覚、潜在意識の内容物にほとんど無意識、無自覚で、それらに完全に巻き込まれ、支配されている状態です

 

この状態が3,もしくは4次元の「魂」の状態です

「魂」はまだ眠りこけていて、目覚めていません

 

ほんの時折、高い山で突然見晴らしの良い景色に出会った時とか何かの瞬間に、「はっ」と一瞬目覚めることもありますが、すぐに思考の波が押し寄せて、またそれらに巻き込まれて眠りこけていってしまいます

 

肉体と誰それという個人名を持った人格、というより、ほとんどの場合正しくは「私はこういう人である」という自分で作り上げた「自己イメージ」に完全に同一化し、それに固着していて、それが自分だと信じて疑いません

関心があるのは、その自分のストーリーをいかに思い通りに素敵に作り上げていくか、という事だけです

 

その状態に疑問や苦しみを感じ、そこから何とか脱することができないかと模索し始めた人は、

やがて自分の思考や感情を観察し始め、自分のパターンやトラウマなどに気づいていくようになります

自分の中の何が問題なのか、見ていくようになります

 

それまでは、自分が不幸だったり苦しんでいるのは、こんな社会だからとか、お金がなかったり、仕事や環境や対人関係が合わなかったり、いつでも外側の何かが問題で、それが自分の苦しみや不幸の原因だと思っています

 

でも、そこからようやく少し自分の内側に目が向き始め、外側ではなく、内側を変えていこうとし始めます

自分と言うキャラクター設定を少し客観的に見られるようになり、

そこに埋め込まれたプログラムを少し知り始めます

それと同時に、自分が真に幸せになるためには、外側の何かの欠損を満たすのではなく、内側の欠損を満たさなければならないことを知り始め、「魂」や「神」という自分を超えたるものを求めていくようになります

ここでは、全て「外側」に向けられていた意識が、逆を向いて「内側」へと転換する、大きな転換点があります

 

実は、自分の呼吸や感情や思考も全て、本当は「外側」なんですが、この段階ではまだそこまでいってはいません

行ってはいないものの、今までいかにお金や物や成功や名誉や権威や恋人など、そういった外側のものにばかり意識が向き、それらばかりを求めていたところから、物質ではなく、目にも見えない、自分の中にある何かを求め始めるという段階です

それを、愛と調和という言葉で表現している人もたくさんいますが、外側の世界の愛と調和というより、自分の中の愛と調和を求め始めます

 

実は今はとても面白い時代で、今まで歴史的に隠されて来た様々な事がたくさん開示されてきています

その中で、外側の世界に愛と調和をもたらそうと、がんばっている人たちがたくさんいます

次にどういう時代が来るのか、メッセージを発信したり、縄文時代の争いのない精神性を引き継いだ村づくりに励んだり、人々のアセンションの手助けをしたりしている、熱い情熱に溢れる活動的な人たちがたくさんいて、

そのうちの何人かは本物だなと私も感じています

それは人間として生きる上でとても大切なことですし、人によっては既に前世で霊的進化を遂げ、役割として今回地上にサポートをしに来ている魂もたくさんいるでしょう

私も、そういった人たちの活動を心から応援しています

本当にがんばってほしいし、彼らのメッセージが多くの人に届くといいなと思っています

 

でも、それはそれで本当に大切で必要な事ですが、外側の世界の愛と調和のみを求めている人は、残念ながらまだ4次元にいます

求める対象が、物質ではなく精神的なものになっただけで、それはそれで大きな前進ではあるものの、その精神構造はあまり変わっていません 

なぜなら、意識がまだ外側にしか向いていないからです

 

外側は内側に起こっていることが事象として投影されたものに過ぎません

 

愛と調和を声高に叫ぶのも、自分の内側が葛藤と攻撃性と愛を妨げるものでいっぱいのままだからです

愛と調和の世界が実現されれば、自分も平和で愛に満ち、幸せに生きられると思っているかもしれませんが、

自分の内側に愛と調和が実現されない限り、外側も変わらず、幸せにもなれません

 

外側の変化ではなく、内側の変化が先なのです

 

表には出なくても、そういう内側での地道な努力を重ねて、自分の生活の身近な人たちや地球に愛と調和をもたらしている人はたくさんいます

 

そして、「内側」のものを求め始めるということは、内側にある「魂」の存在に気づき始める第一歩といえます

 

この、明らかに「魂」や「神」を求め始め、霊的進化に意識的になった状態が5次元です

 

でもまだ、「魂」は目覚めていず、厚いベールの後ろに隠されています

でも、どこへ向かえばいいのか、何をすればいいのか、ようやく知り始めたのです

 

そして、次の6次元へのステップは、まず、思考や感情などの対象物、つまり客体ではなく、

自分の内側に主体としてのマインドのセンターを目覚めさせることです

「魂」への、そして「神性」への直接の入口です

 

「5ステート」の各段階を超えるために、このセンターは基礎であり、必須です

人は、いつも外側に向いている意識を真の内側へと向かわせて初めて、

このセンターを認識する事ができるようになります

 

そして、そこにとどまれない限り、人は自分のエネルギー体で起こっている様々な事象、思考や感情、

そしてそれらの反応を引き起こしているプログラムなどに巻き込まれ、もみくちゃにされ続けるだけで、

それらと距離を取り、本当の意味でそれらにワークしていくことはできません

 

そのセンターができ、そこにとどまれるようになったら、次はエネルギー体としての自分全体を感じ、

そこにとどまれるようにします

肉体から、エネルギー体としての存在にシフトしていくのです

 

瞑想や、霊的進化というのは、全てエネルギーに関することです

エネルギー体がわからなければ、自分の中のエネルギー的な変化、変容がわかりません

そして、エネルギーと言う繊細なものを感知できなければ、自分の中に起こる思考や感情などの様々なものを細やかに深く見て、それらにエネルギー的なワークをしていくことはできません

 

次元があがればあがるほど、それはエネルギー的に繊細になっていくので、それらを感知できる繊細な感受性、感性、センサーというものをどんどんと磨いていく必要があります

物質やこの地上の粗いエネルギーに慣れ親しんでいるところから、重くて粗い不純物をどんどん浄化し取り除いて、本来の繊細さを取り戻していかないとなりません

 

よく、人里を離れて自然の中で、人との関りもできるだけ減らして、自分と神との関係だけに集中できる期間、それがリトリートですが、それを持つことが霊的進化において必要だと言われています

そうしないと、世間の中、日常の中では外側の事象に引きずり回されて、粗いエネルギーから脱せず、

なかなか本来の繊細さを取り戻すことができないから、というのが大きな理由のひとつです

 

さて、そのように人は霊的進化の途上で「5ステート」の各段階を超え、次元を上昇し、

純粋な「魂」であるマナ体へと移行していきます

 

「5ステート」の各次元との関りは、「5ステート」の詳細をお話するときにより詳しく触れていきますね

 

そして、次元を上昇すればするほど、この人間サイドは減っていき、「神性」サイドは増えていきます

 

 

 

霊的進化には、2つの側面があります

ひとつは、「魂」の目覚め

ひとつは、「神性」との融合です

 

もちろん、これらは相互に深く関わっていて、連動して起こっていくことではありますが、これらを混同してしまうと、たくさんの解釈間違いが起こってしまいます

 

「神性」のエネルギーを知り、それに明け渡していくことなく「魂」を目覚めさせることはできませんが、

「魂」に気づくことなく、「神性」を体験することは可能ですし、むしろよく起こってきたことです

 

伝統的に、釈迦の「無我」という言葉を言葉上だけで理解した故に、「私」を否定し、「私」を迂回してきたことで、むしろ「魂」は深く傷ついてしまっています

この「トータル・パス」は、その「魂」を癒し、その存在の重要性を改めて知らしめる教えであるとともに、

「魂」の本当の姿を教え、

その霊的進化の2つの側面を混同することなく伝え導いていける教えでもあります

 

「神性」に出会う体験は、本当に素晴らしい神聖な至高の体験ではありますが、

「魂」に直接出会う体験というのは、ある意味それ以上の、本当に親密な心底打ち震える感動的な体験なのです

両方相伴って、人は完全に満たされ、完結します

 

「魂」は創造されたものであり、顕現された次元の存在であるにもかかわらず、

顕現されていない「神」の次元を体験することができる、本当に不思議な存在です

 

「神」がいなければ「魂」はもちろん存在しませんが、「魂」がいなければ「神」は決して認識されることがないのです

 

そう、ここまでの全ての次元で起こったこと、この私という「人間」を通して体験した事全てを体験し、認識しているのが「魂」です

 

「人間」としてのこの地上での体験から、霊的進化を通して徐々に「神」の愛やその深さ、広さ、その膨大さ、その偉大さ、そしてその神聖さを体験し、ひとつになっていく全ての体験

それら全ての「体験者」が「魂」なのです

 

「魂」がいなければ、何の体験も起こりません

体験者がいなければ、そこには何の体験もないのです

 

「非二元」の教えでは、そこには体験だけが起こる、もしくはその事象だけが起きていると言われているようですが、それは、その体験者である「魂」という本当に繊細で純粋で透明な存在に気づけていないだけです

なぜなら、その「ただ起こっているだけの事情、もしくは体験」と言うからには、それを何かが認識している、という事ですね

その、認識しているもの、見ているものは何なのか?

何かが見られ、認識されている以上、それを見て認識している何かが存在しているのです

それを観察し、体験している何かが存在しているのです

 

量子物理学で徐々に解明されてきたように、「観察者」という私たち人間の意識が向くまで、そこにその量子そのものが存在せず、「意識」が向いたとたん、そこに存在し、動き始めるのですね

 

その「意識」の主体である存在とは何なのか?

それが「魂」です

 

実は、「魂」とは、「神」が「神」自身を知り、体験するために創造された存在なのですね

 

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